ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンが恋に落ちる2人を演じる
【週末シネマ】19世紀のヴィクトリア朝の時代、イギリス南西部の海辺の町ライム・レジスに暮らした古生物学者メアリー・アニングと裕福な化石収集家の妻シャーロット・マーチソンが出会い、惹かれあい恋に落ちていく姿を描く『アンモナイトの目覚め』。
・『アンモナイトの目覚め』ケイト・ウィンスレット インタビュー
階級社会であることに加えて、そもそも女性の地位が低く、能力に対する正当な評価を得られなかった時代を生きた実在の2人をケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンというアカデミー賞常連の名女優が演じ、その交流の実話から、フランシス・リー監督(『ゴッズ・オウン・カントリー』)が恋愛映画を紡ぎ出した。
孤独な古生物学者は自分とは違う若く奔放な女性に惹かれていき…
ウィンスレットが演じるメアリー・アニングは、13歳の時に発掘した魚竜「イクチオサウルス」の化石が世紀の大発見として大英博物館に展示された。その功績はダーウィンの進化論に影響を与えたと言われている。貧しい家庭に生まれ、満足に教育も受けられなかった彼女は独学で地質学や解剖学も学んだが、女性で労働者階級であることから学界の門戸は閉ざされ、年老いた母親と2人暮らしで観光客相手の土産物用のアンモナイトを探す日々を送っていた。
ある日、メアリーが営む店に化石収集家のロデリックが妻シャーロット(ローナン)を伴って訪れる。ロンドンから来た夫妻は裕福だが、シャーロットは少し前の流産のショックから立ち直れずにいた。ロデリックは静かな海辺で妻を療養させようと、メアリーに数週間預けることにして町を去る。
毎日、浜辺で黙々と化石採集を続けるメアリーと、若く美しく奔放なシャーロットは反発し合うが、当時の世相に抑圧される女性同士は次第に心を通わせていく。
荒々しい海を臨む場所で身分差のある女性2人が、一方の女性の職業を触媒に結ばれていく歴史劇という点で、先に公開された『燃ゆる女の肖像』との共通点は多い。
不遇で疎外され続けてきた諦念で重く沈むメアリーを体現するウィンスレット、悲しみにくれながら感情のままに振る舞うシャーロットの傲慢と可憐を演じるローナンは、互いのエネルギーを増幅し合う素晴らしい共演を見せる。名優2人には、物語に漂う既視感を補う力がある。
冷え冷えする海辺の暗い風景、波の音や風の音が、言葉にならないものを語るようだ。
メアリーの恋愛は同性愛者であるリー監督が独自の解釈で描いたもの
メアリー・アニングに関する資料は非常に少ないという。イギリスの科学界では、労働者階級の貢献は、彼らが学者に雇われて賃金を支払われたという理由で、歴史から抹消されるのが伝統化されているとも言われ、彼女についてわかっているのは、ドーセット海岸沿いに生き、独学で古生物学を学んだ労働者階級の女性ということ。映画で描かれるメアリーの恋愛については、リー監督の独自の解釈によるものだ。
ヨークシャーの農場で育ち、同性愛者である監督はメアリーへの深い共感を表明している。監督によれば、「女であれ男であれ、メアリーが誰かと関係を持ったという証拠は一つも残っていない」という。階級と性別のせいで正当な評価を得られなかった彼女について「だからこそ男性との関係を描く気になれなかった。彼女に相応しい、敬意のある、平等な関係を与えたかった」「クイア(性的マイノリティ)の歴史が文化の中でルーティンのようにストレート化されるのを見続けてきた後、異性愛者だった証拠が全くない歴史上の人物がいたら、その人物を別の文脈で見ることは許されないことなのか?」というのが監督の持論だ。地元でメアリーを支援した実在の古生物研究者エリザベス・フィルポットも登場するが、彼女もメアリーの過去の恋人として描かれている。
ではシャーロットは? 実在のシャーロットはメアリーより11歳上で、彼女自身も地質学者だった。リー監督は「伝記映画を作りたかったのではない」とも言っている。ならば、何故わざわざメアリー・アニングとシャーロット・マーチソンにしたのか。事実を変えてまで実在の人物を物語の枠に収めた点には疑問が残る。
ふと思い出したのが、シャーロットを演じたシアーシャ・ローナンが『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』で演じたジョーの台詞だ。日本語字幕では「女の幸せが結婚だけなんておかしい」となっている台詞で彼女は「恋愛が女性のすべてだと皆が言うことにうんざりする(I’m so sick of people saying that love is just all a woman is fit for.)」と言う。
メアリーが恋愛に無関心だったかもしれない、と考えることもまた、推測に過ぎない。真実は、墓場まで持っていた本人とともにある。
印象的だったのは、寂れた海辺の町と都会のロンドンにいる時、それぞれの2人の在り方だ。ホームに居る時に、その人の本性が見える。残酷な現実を映しながら、誰のものにもならない自由を追求する孤高と、新しい何かを予感させる展開は美しい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アンモナイトの目覚め』は2021年4月9日より全国順次公開
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