「建築は、自分探し。」日本が誇る気鋭の建築家2人が惚れ込んだ感動作『サンドラの小さな家』の魅力
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無名女優が書く初めての脚本に巨匠監督が惚れ込んで実現
無名に近いアイルランド女優クレア・ダンが初めて書いた脚本を、『マンマ・ミーア!』のフィリダ・ロイド監督が惚れ込み、「クレアが演じるならやってもいい」と10年ぶりにメガホンを取った映画『サンドラの小さな家』が絶賛上映中だ。寡作のフィリダ監督を動かしたのは、2012年のシェイクスピア劇三部作にクレアがキャスティングされ、共に作り上げてきた信頼関係があったからだ。
・冨永由紀の週末シネマ:アイルランドの“メハル”が息づく人生再建の物語『サンドラの小さな家』
本作品は、1人の女性が社会のシステムから抜け出し、2人の娘たちのために家を建てようとする物語。彼女の取り組みを知った人々が力を貸すようになり、周りにコミュニティーができていく──。今回、女優であるクレアが初めて脚本を書いていく過程でも、社会学者のピーダー・カービーから学ぶなど、同じような体験をしたという。
見る人に立ち直るきっかけや希望を与え、人生を前向きに考えるきっかけすら与えてくれそうなこの作品は、世界中で絶賛。Variety誌が選ぶ2020年ベスト映画第4位を獲得したほか、クレア自身も同誌の「2020年に注目すべき脚本家トップ10」に選ばれている。この作品は、クレアとしても出世作となり、次回出演作はリドリー・スコット監督『The Last Duel』と発表されている。
建築とは、自分をさらけ出す行為
本作品は、DV夫から逃れ、住む場所を失った母親が、2人の娘たちのために、家を自力で建てる物語だ。
そんな内容とあって、公開前には本作品とセルフビルドについて、人気の日本人建築家2人によるトークイベントも行われた。登壇したのは、光嶋裕介と藤原徹平の2人だ。
光嶋は、ドイツの建築設計事務所で働いたのち、08年に帰国して独立。建築作品に内田樹の自宅兼道場「凱風館」、「旅人庵」、「桃沢野外活動センター」等がある。 NHK WORLD『J-ARCHITECT』MCや「ガウディ×井上雄彦」特別展の公式ナビゲーターを歴任し、著書に「みんなの家。」、「幻想都市風景」、「建築武者修行」、「建築という対話」、「つくるをひらく」等がある。
藤原は、フジワラテッペイアーキテクツラボ主宰、一般社団法人ドリフターズインターナショナル理事。建築や都市のデザイン、芸術と都市の関係を研究・実践し、横浜文化賞、文化・芸術奨励賞、日本建築学会作品選集新人賞を受賞。主な作品に「クルックフィールズ」、「那須塩原市まちなか交流センター」、「京都市立芸術大学移転設計」、「ヨコハマトリエンナーレ 2017会場デザイン」等がある。
光嶋は、映画と建築の共通性についてコメント。
「建築は時間がかかり、集団的創造物であるところが面白くて難しいところなのですが、映画も同じなんですよね。1人ではできない点や、物語を内包している点に共通性があって、考えさせられました。映画というものが、扉を開けた瞬間に違う世界を体験させてくれるものなんだなということに改めて気づき、モノを作るということを考えさせられました」と述べた。
また、めでたしめでたしで終わると思っていたラスト15分に訪れるエピソードには誰もがショックを受けると予想されるが、藤原も同じ感想だったようで、最後に登場する “Herself”という原題を味わい深く噛みしめたという。
「建築はどこか自分探しなんですよね。クライアントの生活や生き方を一緒に探していくようなところがあって、そのプロセスこそが大事だと改めて気づかされました。例えそれがなくなっても、残るものがある。建築がテーマなんだけど、人間にとって普遍的な物語なのでは、と感じました」
一方の光嶋が印象に残ったのは、娘2人の親権を夫と争う裁判のシーンだという。
サンドラが取り乱したとき、母親のような存在のウォルター先生が、彼女の目元の化粧を拭う。生まれ持ったバースマークが露わになった顔を見て、これでこそサンドラだと励ます。
「何かを作る時って、自分をさらけ出すんですよ。他者との交流を介して社会と交流し、建築を作る。そこに物語が内包される。それを他者がまた体験できる。あのシーンで、僕は繕わなくていいんだ、ありのままでいいんだ、“Herself”でいいんだよと思って、じーんときたんですよね」
「サンドラが作った家はHPで見たもので、オリジナルデザインでなく、ある意味、複製したものですよね。切妻の家の形なんですが、 実は玄関が飛び出しているんですよ。ここが玄関ですよ、とアピールしている。そこが僕はすごく気になって、ここに彼女のアイデンティティがあるんだなぁと。予算がないのにドアノブにこだわってもめますよね。なぜか僕には、この玄関とドアノブが、サンドラのアザと重なったんです」
また、ドイツでの経験がある建築家ならではの視点として、藤原は、国によって社会が家をどう捉えているかが異なることを指摘した。
「アイルランドで家を持つのは大変なことなんです。家の在り方、社会が家をどのように捉えているかということが、日本とかなり違う。世界的見れば、建築から誰でも家を持てるということをグローバルにするプロジェクトが起きているのに対し、日本の建築家は、なかなかそういう社会サポートには踏み込めていないんですよね。日本の法律ではセルフビルドが許されていないので難しい部分もありますが、家って、劇中のように色んなサポートがあって奇跡的な繋がりによって立ち上がるものなんですよ。どのプロジェクトも建って当然のように思うけど、建たないんです。そういうことを改めて考えさせられました」
それを踏まえて、建築を作ることは、本来は極めて原始的で命に近い部分だと思っている、と光嶋は言う。
「建築が商品という交換原理に回収されてしまっているのではという、ある種の危機感がありますね。僕は、できるだけクライアントに家づくりには関わってもらいたいと思っています。壁を塗ったりして愛着を持つこともあるけど、それよりも、何かが立ち上がる瞬間というものを自分の手で理解することは、圧倒的に教育的要素が高いと思うんです。子育て世代が家を建てることが多いのですが、子どもたちは純粋にレゴとかで遊びながら構築している。何かを作りながら壊すということを子どもに言葉で言ってもわからないけど、やればわかるんですよね。大工さんってすごいんだな、なりたいなって、見れば思うんです。この映画でも、サンドラは家を作っているんだけど、娘たちはお母さんと一緒にいるとか、形じゃない見えない何かを一緒に作り上げているんじゃないかなぁ」
それを聞いた藤原は、自身が学生時代にセルフビルドをやっていたことに触れ、「今だと違法建築かな。演劇や映画関係の仲間たちと劇場を作ったんですが、それもみんなで文化を作っていた、どう生きるかを考えていたんだと思うんですよね。大学の授業で学ぶこともあるけど、自分たちでゼロから作るのは何よりも大きな学びで、光嶋さんがおっしゃるように、子どもって、その先に何があるかわからないから毎日ゼロから作っている。もともと人間はそのように作れる存在なんだけど、忘れていってるのかも。この映画を見て、モノを失うことにショックを受けるのは、モノに価値を置いてしまう僕たちの物質価値的な社会への批評でもあるのかもしれない」と指摘した。
映画の中で世界の建築を学んだ
光嶋も藤原も映画好きとあって、映画体験は建築に生かされているという。
光嶋は、「物事は動くもの、シークエンシャルに捉えるということを映画は教えてくれたかもしれないですね。建築は静止画、竣工写真もひとつの切り取り方だけど、ヴィム・ヴェンダースの『もしも建物が話せたら』(14年)のように、建築って映画と相性がいいのだと思います。映画が僕の建築感にフィードバックしているとしたら、動き、時間という視点を生身で体験できるというところかな」と述べた。
大学のころ映画館ばかり行っていたという藤原は、映画の中で各国の建築を学んだという。
「街の人の声なき声が映画には映っていて、建築の授業よりもずっと面白かった。梅本洋一先生の映画批評のゼミで、映画から“都市”を教わりました。ロシアとは何か。ヌーヴェルバーグが何を考えていたのか等、勉強できました。それが後に、隈研吾さんに声を掛けていただいて世界的な仕事をすることになり、行ったことない国の建築をどう作るかというときに、映画とか小説がその文化を知る唯一の方法で本当に助けられました。僕が建築家になったのは、映画のおかげかもしれないですね」
すると光嶋も、「全く同感ですね。僕も海外で建築のことを話すとき、映画は大きいです。僕は各国に大好きな映画監督を作っています。デンマークはラース・フォン・トリアー、フランスはパトリス・ルコント、スペインはペドロ・アルモドバル、ドイツはヴィム・ヴェンダースetc……。この『サンドラの小さな家』 は、クレア・ダンが友人からもらった1本の電話が出発点になってここまで大きくなったんですよね。ひとつのきっかけが映画になって、ダブリンという地域を見せ、見た人の世界を広げていく。映画も建築もヒダが多く、学ぶところが多いと思います」と応じた。
『サンドラの小さな家』は、絶賛公開中だ。
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