没後25年、武満徹のメロディアスな映画音楽をあらためて聴いてみたい

戦時中に聴いたシャンソンに衝撃を受けた少年は独学で一流の作曲家に

【日本の映画音楽家】武満徹

1945年、戦時中の埼玉。陸軍の食糧基地に勤労動員された14歳の武満徹は、宿舎で学生将校に聴かされたシャンソンに大きな衝撃を受ける。それは「Parlez-moi d’amour（聞かせてよ、愛の言葉を）」という、フランス人歌手のリュシエンヌ・ボワイエが歌う曲のSP盤。その美しさに感激し、「もし戦争が終わったら、自分は音楽を作る人間になろう」と決意したという。ほぼ独学で楽理や作曲のノウハウを学び、5年後に「2つのトレント」というピアノ曲で作曲家デビュー。現代音楽だけでなく、映画や舞台、ラジオ、テレビのための音楽も数多く手がけ、叩き上げでキャリアを重ねていった。

・「ルパン三世のテーマ」を生み出し『犬神家の一族』も手掛けた大野雄二

1967年に書き上げ、のちに代表曲となった「ノヴェンバー・ステップス」など、邦楽の伝統楽器とオーケストラを組み合わせた作品で海外にも知られるようになった武満は、当初そういった外仕事を自身のオーケストラ曲の創作にあてる“肥やし”と位置づけていたが、勅使河原宏、羽仁進、篠田正浩、小林正樹、成瀬巳喜男らの監督作品に提供した劇伴や歌曲は現在も人気が高く、様々なジャンルのアーティストや演奏家によってカヴァーされている。

気分屋の黒澤明監督に辟易するスタッフをねぎらうために作った曲も

なかでも日本のアコースティック・トリオのショーロクラブが数々のヴォーカリストをゲストに招いて武満の楽曲を録音した『武満徹ソングブック』（2011年）は、映画や舞台で使われたメロディアスな武満曲を中心に取り上げた、入門編としても最適な作品集である。恩地日出夫監督『めぐりあい』（1968年）の劇中歌「めぐりあい」（アン・サリー）、小林正樹監督『燃える秋』（1978年）の「燃える秋」（沢知恵）、そして勅使河原宏監督『他人の顔』（1966年）の「ワルツ」（松田美緒）のほか、映画『乱』（1985年）において天気の良し悪しによって気分がコロコロ変わる黒澤明監督の対応に辟易したスタッフをねぎらうために贈った「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」といった変わり種も含まれている。“ポップサイドの武満作品集の決定版”として好評を博した本作は、昨年2020年に13曲を追加収録したコンプリート版も登場。畠山美由紀ら新たなヴォーカリストのほか、武満とも多くの楽曲を共作した詩人の谷川俊太郎も参加した豪華なパッケージとなっている。

クラシック・ギターの音色を好み、ギターのソロ曲も数多く作曲したことから、国内外の様々なギター奏者による作品集が出ているのも武満音楽の特徴だ。特に藤元高輝が武満の没後20年を記念して2016年にリリースした『武満徹：ギター作品集』は、武満が作曲したギター曲を全曲収録した力作で、先述の「ワルツ」を小暮浩史との2重奏で演奏したヴァージョンも聴きもの。また、ギタリストの渡辺香津美やアコーディオン奏者のcobaと武満のトリビュート・コンサートを行なっている鈴木大介が同じく2016年にリリースした『森のなかで』は、武満の映画音楽をギター・アレンジした楽曲を含む作品集で、メロディ本来の美しさが際立つシンプルな仕上がりが魅力だ。

武満が設計した“木造の帆船”は小澤征爾の舵で大洋へ

海外アーティストでは、親日家として知られるジム・オルークが2006年に武満の没後10年を記念して「コロナ 東京リアリぜーション」を発表している。これは武満の図形楽譜作品「ピアニストのためのコロナ」にジム・オルークが独自の解釈を加えたもの。ビートルズやジョニ・ミッチェル、クリーム、ジミ・ヘンドリックス、プリンスなどのロック＆ポップスも好んで聴いたという武満のアグレッシヴな側面をクローズアップした、出色の出来栄えとなっている。

「私が設計した木造の帆船が小澤の舵で大洋に漕ぎ出し、そこに乗りあわせた多くのひとびとと共に『自由』の航海をする。この対談は、そのための貴重な準備であった」ーー盟友の小澤征爾との対談集『音楽』（1984年 新潮社）のあとがきを、武満はこんな言葉で締めくくっている。没後25年を経た現在も、武満の設計した“木造の帆船”には小澤征爾だけでなく、世界中の様々なジャンルの音楽家が乗りあわせている。ここでご紹介した作品も、数ある帆船の“航跡”のひとつでしかないが、いずれも武満音楽のエッセンスを聴かせる作品集として、まずは聴いていただきたいものばかりだ。（文：伊藤隆剛／音楽＆映画ライター）

「武満徹:ギター作品集」藤元高輝 （2016年12月28日発売／フォンテック）