1998年にアスミックとエース・ピクチャーズ、2つの映画会社が合併してできたのがアスミック・エース エンタテインメントだ。『ピンポン』『ハチミツとクローバー』『重力ピエロ』といった邦画の製作・配給から、『ソウ』シリーズや『トランスポーター』シリーズといった洋画の買付・配給まで、ウエルメイドな作品を手がけて注目を浴びてきた。
だが、同社も含めたインディペンデント系の映画会社は、ここ数年、苦戦を強いられている。数年前までは、ミニシアターを中心としたインディペンデント系と、ワーナー・ブラザースや20世紀フォックス映画といった洋画メジャー、東宝、松竹、東映といった邦画大手3社が棲み分けてきた。それが今、テレビ局が製作し、邦画大手が配給する作品ばかりが大ヒットする一極集中の時代を迎えているからだ。
はたして、この現状に打開策はあるのか? 同社代表取締役の豊島雅郎氏に話を聞いた。
DVD依存体質からの脱却
「映画業界をとりまく環境が、ここ1〜2年で厳しくなっているのは事実ですね。まずは2年くらい前からDVDが売れなくなり、昨年9月のリーマンショック以降、セル市場は一段と厳しくなった。特に当社の場合、DVDが収益の基盤になっていたんです。誤解を恐れずに大ざっぱな言い方をすると、劇場公開はDVDを売るための“宣伝”という側面もあった。“宣伝”ということはイコール“コスト”という考え方になります」
映画業界には「P&A」という用語がある。これは「print and advertising」の略で、劇場公開時にかかるフィルムのプリント代と宣伝費のことだ。仮に全国100スクリーンで上映する作品があれば、当然、100本のフィルムを用意しなければならないし、大勢の観客に足を運んでもらうための宣伝展開をする必要もある。そのためにかかるコストなわけだが、決して安くはない。
「ただ、DVD市場が堅調なときなら、この映画にこれくらいのP&A費をかければ、これくらいの興行成績になって、これくらいのDVDが売れるといった方程式が成り立ったんです。だから我々も、『劇場公開では最低限P&A費を回収したい』くらいに考えていたし、仮にそれすらマイナスになっても、『DVDで回収すればいい』と考えていました。それが今は、最盛期の3分の1くらいしかDVDが売れなくなってしまった」
そうなってくると、ビジネスの組み立て方も違ってくる。そもそも映画には、P&Aのほかに、邦画であれば製作費、洋画なら買付費がかかっている。最終的には、これらすべてのコストを回収できなければ、ビジネスとしては破綻してしまう。
「ですから、DVDが売れなくなった今は、かつてのようにはいきません。劇場公開の段階でP&A費の回収はもちろん、製作や買付にかかった費用の半分くらいは回収しないと、ビジネスとしてのバランスが取れなくなってきています」
とはいえ、そう簡単に切り替えられるものでもない。なぜなら映画は、企画や買付の段階から、数年の時を経て劇場公開されるのが一般的だからだ。アスミック・エースの場合も、2007〜09年にかけて公開した映画の多くは、2〜3年前に仕込んだものだという。
「しかも、当時はDVDが売れるという前提で企画や買付をしているので、それを、DVDが売れない時代に公開してパッケージ化していっても、回収はなかなか難しい。ですが、そうした作品も今年には終わりそうです。これからは、DVDが売れない前提で企画した作品が出てくる、まさに勝負になると思っています」
打開策は、勝ち組に加わることと興行のしくみを変えること
DVDが売れないことと同じくらい、インディペンデント系にとって厳しいのが、今、映画界で起こっている一極集中の現実だ。昨年(2008年)の邦画の実写映画の興収ランキングを見ても、『花より男子ファイナル』(興収77.5億円)がTBS、『容疑者Xの献身』(50億円)がフジテレビ、『相棒〜劇場版〜』(44.4億円)がテレビ朝日と、上位を占めているのは軒並みテレビ局絡みの映画ばかり。中でも最強の組み合わせと言われているのが、テレビ局と東宝がタッグを組んだ作品だ。
「確かに、東宝さんとテレビ局の組み合わせは、勝利の方程式の1つになっていると思います。では、我々に何ができるのか? 答えの1つが、当社の製作能力を生かして、その輪の中に入っていくことです」
2010年公開予定の『ノルウェーの森』がまさにこれに当たると豊島氏は言う。同作はアスミック・エースが企画・製作、フジテレビも製作に加わり、配給を東宝が行う話題作。『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』のトラン・アン・ユンが監督を務め、松山ケンイチや菊地凛子が出演することにも注目が集まっている。
一方で同社が大事にしていこうとしているのが、本来、得意としている中規模の作品。
「常に興収20億円以上を期待される東宝さんが配給する作品ばかりが映画ではありません。興収5億円が目標だった映画が、結果的に10億円になったという規模の作品があってもいい。当社としては、この部分は狙っていきたいと思っています」
そこでネックとなってくるのが、シネコン主導型の興行スタイル。「ちょっと前までは、我々のようなインディペンデント系でも、興収10〜15億円の作品が年に何本かあった」と話す同氏は、「客が入らなければすぐに上映回数が減ったり、打ち切りとなるしくみは、規模の大きなブロックバスター作品に有利に働き、中規模の作品にとっては向かい風になる」と分析。それゆえにシネコンに対し、「こういう興行形式はできませんかと、さまざまな相談をしている」と言う。例えばそれは、決まった時間に上映してもらうこと。
「現状だと、シネコンでいつ、お目当ての映画が見られるのかがわかりづらいんですね。劇場に協力してもらって、それを、午前中は4週間必ず上映があるとか、午前と午後一番の回は必ず回すといった具合に変えていきたい。昔の単館映画のロングランではありませんが、細く長く上映するしくみが作れないかと考えています」
インターネット時代は消費者同士の共鳴が大事
さらに豊島氏は、インターネットや携帯電話の普及による、消費マインドの変化も一極集中の背景にあると分析している。
「インターネットや携帯の文化になって、人とコミュニケーションを取れることが重要なポイントになってきています。例えば、単館系の『A』という作品を知っていても、相手が知らなければ話は終わってしまう。その結果、どうなったかというと、みんなが知っていて、わかりやすい作品ばかりが注目を浴びるようになってきています」
そのことを端的に表している言葉が、最近注目されている電通が提唱したマーケティング用語のAISAS(アイサス)だ。
「そもそもAIDMA(アイドマ)という言葉があって、これはAttention(注意)→ Interest(関心)→ Desire(欲求)→ Memory(記憶)→ Action(行動)の頭文字を取った、消費に至るまでの行動を表す言葉。ところが今、これがAIDMAからAISASに変わってきているんです」
AISASとは、Attention(注意)→ Interest(関心)→ Search(検索)→Action(行動)→Share(意見共有)の頭文字を取ったもので、同じく消費行動を表す言葉。「注目なのが、後半のSASの部分」と豊島氏は指摘する。
「商品を買った人の感想(シェア)と、これから買おうとして情報検索(サーチ)する人とが、インターネットを通じて共鳴し合う。これが、今のコミュニケーション文化なんです。裏を返せば、SとSの間で共鳴されない商品は売れない。単館映画が厳しいのは、規模が小さく、この共鳴の輪が広がらないことが大きい。これを変えるためには、例えば単館映画館がコミュニティを作って、サロン化していくようなことも1つの手として考えられるのではないでしょうか」
同社の今後の注目作についても聞いてみた。1つ目が8月15日に公開となったばかりの『トランスポーター3 アンリミテッド』だ。
「これは真夏にぴったりな、スカッとする作品です。シリーズ第3弾になりますが、1作目の『トランスポーター』を8月9日に、2作目の『トランスポーター2』を同16日に、それぞれ日曜洋画劇場(テレビ朝日)でオンエアします。全国のみなさんに『1』と『2』を見ていただき、『3』を見に劇場に足を運んでほしいですね」
2つ目が、秋公開の是枝裕和監督最新作『空気人形』。
「是枝作品を配給するのは、これがはじめてなのですが、当社らしい作品だと思います。宣伝的には、是枝監督の固定客にプラスし、どこまで積み上げられるかがポイントになってきます。また、人形が人間になるというファンタジーなので、ソフィスティケイティッドされた宣伝だけでなく、ときにはベタな宣伝にも挑戦していきたいですね」
そして3つ目が、10月17日公開の『戦慄迷宮3D』。
「こちらは、富士急ハイランドにある同名のお化け屋敷をモチーフにしたホラー仕立てのミステリー映画です。邦画の長編実写映画としては史上初のデジタル3Dで、監督が『呪怨』の清水崇さん。ホラーの巨匠が3Dで撮るということもあって、海外からも、かなり引き合いが多いですね。初の長編3D映画となることは、正直、狙っていました(笑)。昨年、ギャガさんが配給した長編3D映画『センター・オブ・ジ・アース』が8億円くらいの興収を上げたと聞いているので、それを上回る10億円を狙いたいですね」
(テキスト:安部偲)
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