1609年にガリレオが初めて宇宙を望遠鏡で眺めてから400年。1969年にニール・アームストロング船長が人類で初めて月面に降り立ってから40年。そんな節目の年に公開されるのが『宇宙(そら)へ。』だ。
これは、設立当初から全プロジェクトを16mmフィルムで記録してきたNASAの秘蔵フィルムに、初めてアクセスが許されて作られたドキュメンタリー映画。製作に当たったのは、『ディープ・ブルー』『アース』などで知られるドキュメンタリーの最高峰BBCワールドワイドだ。
監督は、そのBBCを経て、2003年に「デンジャラス・フィルムズ」を設立したリチャード・デイル。BBC時代に看板科学番組で最年少プロデューサーになるなど、科学への造詣も深い監督が、『宇宙(そら)へ。』のプロモーションで来日。この映画に込めた思いや宇宙の魅力について語ってくれた。
同じ過ちを繰り返さないために撮られた秘蔵映像
──老若男女、誰でも楽しめる映画に仕上がっていると思います。その中で、「未来は臆病者のものではなく、勇気ある人々のもの」というレーガン大統領のテレビ演説を引用しているのが印象的でしたが、どうしてこの言葉を使ったのでしょう?
リチャード:どの方でも楽しめる映画に仕上がったと言っていただき、嬉しく思います。というのも、私はこの映画を宇宙好きの方のために作ったわけではなく、私たち人間が、こんなに素晴らしいことを達成できたことを示したくて作ったからです。宇宙計画は、どうやったらいいのかわからない中、とにかく始めましょうというところからスタートしました。リスクをとって、初めて達成できたという意味では、ものすごく勇敢なことだったと思います。だからこそ、レーガン大統領の言葉がピッタリだと思ったわけです。
──NASAとのやりとりで、大変だったことは?
リチャード:日本に来てから、NASAとのやりとりに関する質問をたくさん受けました。もしかしたら、日本人はNASAのことをすごく難しい組織だと思っているのかも知れませんが、そんなことありませんよ。もちろん、最初は交渉をしていましたが、実際には、NASAとの間にアメリカの会社が入っていますし、許可が下りてからは、制限を設けられることは一度もありませんでした。
ただ、一番気を遣ったのは、実際に宇宙船に乗った方が撮られたフィルムの扱いです。宇宙船は重さ制限があるため、どうしても持って行けるフィルムの量が限られていました。それだけ貴重だったわけです。(マスコミ用プレスを指さしながら)ここに月から地球を撮った写真があります。この風景を写真で見た人は大勢いますが、肉眼で見た人、つまり実際に月に行った人は24人しかいないのです。一方、これまで地球上に住んだ人間は1050億人くらいと言われています。その中で、たったの24人しか月に行っていない。でも今、私たちは、彼らが撮ってきてくれた映像や写真で月からの風景を見ることができる。それだけに、フィルムの扱いには十分配慮しました。
──数千時間に及ぶと言われるNASAの秘蔵の映像を見て、「もっと長く回してくれれば」とか、「こんな映像もあれば」と思ったことはありますか?
リチャード:確かに、打ち上げのときに地上から撮った映像を見ていると、とてもつまらないんですね。ケーブルやホースが映っていたり。最初は、何でこんなにつまらないものを、しかもハイスピードカメラで、いろいろな角度から撮っているのかなと疑問に思いました。でも、その理由に気づいたときはハッとしました。
NASAはロケットに爆発の危険性があることも、そうなったら、宇宙飛行士たちが生きて戻れないことも知っていました。そして、事故が起こった場合、次に何をしなければならないかも知っていたのです。それは、どうして爆発が起こったのかを分析し、同じ過ちを繰り返さないこと。これらの膨大な映像は、そのために撮られていたわけです。当時、宇宙飛行士たちは、生きて帰れるチャンスは五分五分だと聞かされていました。フィルムに映った映像の1つひとつが、もしかしたら、爆発の瞬間を捉えていたかも知れないのです。
見てくれた方が意見を持てるドキュメンタリー作り
──監督は地球の環境問題をどのように考えていますか? また、人類は今後、どのように宇宙と関わっていくべきだと思いますか?
リチャード:宇宙に挑戦し始めた頃から、莫大なお金を使うのはムダだという議論はありました。そんなお金があったら、地球のために使うべきだと言うのですね。でも、考えようによっては、この美しい地球の写真を見て、はじめて私たちは地球が美しくも脆(もろ)いものだと気づいたのかも知れない。地球を守るという環境問題に目覚めさせてくれたのは、宇宙開発にお金をかけ、結果的にこういう写真が撮れたからだと言えるかも知れません。
また、宇宙への挑戦を今後も続けるかについて、もし、続けることに疑問を感じるとしたら、私たちはこれまでに素晴らしいことを達成できた点に目を向けるべきだと思います。月にだって行けたのですから、何でもできるはず。アポロ計画のときに管制塔にいたスタッフの平均年令をご存じですか? 26歳だったそうです。そのときの彼らは、やり方はわからなくても、みんなで考えて答えを出していこうという気概に溢れていました。宇宙なのか、環境問題なのか、挑戦する相手が何かはわかりません。ですが私たちは、どんなことに対しても、きっと克服していけるはずです。
──監督は理系の出身で、BBCで長く科学番組をやられていましたが、宇宙への興味は子どもの頃からあったのでしょうか?
リチャード:全然そんなことはありません。歴史番組もいっぱい作っていますが、歴史にもそれほど興味はありません。私が興味があるのは人間です。科学や歴史ではなく、何かを成し遂げた人間の方なのです。だからこの映画も、決して宇宙の映画ではなく、人間の映画であり、私たちの映画なのです。
──報道とドキュメンタリーは、しばしばごちゃ混ぜになりがちです。その違いを監督はどう思っていますか? また、ご自身がドキュメンタリーを手がけるに当たって気をつけていることがあったら教えてください。
リチャード:とても興味深い質問です。ニュースは、ある出来事を単に伝えるもので、ドキュメンタリーは、それに解釈を加えて伝えるものだと思っています。でも今は、それがまったく逆になっています。つまり、ニュースが「解釈してしまっている」のですね。
今回の『宇宙(そら)へ。』に関しては、こんなことが起こりました、そして、こうなりましたと、時系列に沿って描きました。意図的にそうしたのです。なぜなら、人間の歩みや努力の過程を、映画の中で表現したかったからです。また、今回は製作の際に、なるべく手を加えない、意見も持たないということも念頭に置きました。私が何を考えているかは反映させない。一方で、見てくれた方には意見を持っていただきたい。そんな思いのもとに作り上げていったのです。
『宇宙(そら)へ。』は8月21日よりTOHOシネマズ 六本木ヒルズほかにて全国公開。
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