2009年に劇場映画の監督デビューを果たし、もっとも注目を浴びているクリエイターが市井昌秀監督と入江悠監督だ。
市井監督のデビュー作は『無防備』。第30回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを獲得し、第13回釜山国際映画祭でもグランプリに輝いた作品だ。出産を控えた女性と流産の過去を引きずる女性。2人の姿を通して再生を描き出す。ラストの出産を真正面から捉えたシーンも話題を呼んだ。
一方、入江監督のデビュー作は『SR サイタマノラッパー』。今年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭でグランプリに輝き、富川(プチョン)国際ファンタスティック映画祭では、もっとも優れたアジア映画に与えられるNETPAC賞を受賞する。こちらは、サイタマでラッパーを目指す男たちの姿を、ユルくてコミカルに描いた青春群像劇。
共にぴあ、ゆうばりといったインディーズの登竜門でグランプリを獲得し、韓国の映画祭でも賞を獲得するなど、似たようなスタートを切った2人に、映画監督になるまでの道のりや、映画界の現状について思うことなどを、対談形式で語ってもらった。
●映画監督を目指した理由
──そもそも、2人が映画監督になろうとしたきっかけを教えてください。
市井:僕は最初は芸人を目指していて、「髭男爵」の一員だったんです。ですが、ネタの方向性が違ってきて脱退。ただ、その頃からずっと、ネタ作りのために映画はよく見ていました。
その後、役者になろうと思って劇団東京乾電池の研究生になるのですが、最終的に本劇団員には残れなかった。そのとき、はじめて他人からNGを突きつけられ、挫折を味わったのですが、それでも、役者の道があきらめきれず、だったら、自分で監督・脚本を担当すれば出演できると、安易な思いが浮かんで映画を撮り始めました。でも、実際には未だに、役者として出演を果たせていないんです。
入江:僕は映画の大学に進んだので、そのときからずっと映画監督になりたいって思っていました。高校を卒業して一浪して、最初は国立志望だったのが、浪人中に映画しか見ない生活になって、成績もガタ落ち。それで、見切りを付けたというか(笑)。
市井:大学は日芸?
入江:そうです。高校のときは日芸の存在すら知らなかったんですけど、映画が勉強できる大学ということで、受けました。一応、図書館に通って、監督コースや撮影コースなどに分かれていることを知って、日芸の監督コースに入りました。
──映画監督は狭き門だと思いますが、手応えを感じ、本格的に目指そうとしたのは、どうして?
市井:明確に監督を目指し始めたのは、北野武さんやSABUさんのように役者から監督に転向して成功されている方の影響もありました。そこでENBUゼミという映画学校に1年間通ったんです。そのときの講師が熊切和嘉監督で、映画に対する姿勢や人生観みたいなものを学んだんです。今思うと、その1年を通して、監督になりたい思いが固まっていったのだと思います。
入江:僕は大学で短編を作る授業があって16ミリで撮ったのですが、それを学内のみならず、外の人にも見てもらおうと思って映画祭に応募したんです。そしたら入賞して、自分の才能を勘違いした。それが、はじまり(笑)。
●映画学校は監督への近道?
──そう言えば、市井監督が大学を出た後にENBUゼミ、入江監督が日大芸術学部映画学科と、共に、映画を学校で学んでいます。2人にとって映画学校はどんなところでしたか?
市井:ある種、コンプレックスに近いんですけど、僕は日芸に行かれている方がうらやましくて。と言うのも、4年も映画漬けになった経験が、僕にはないから。正直、1年のENBUゼミでは、そこまで技術的なことは学べない。ただ、学校に行って良かったなと思うのは、撮影仲間や役者さんと知り合えたこと。人間関係を作れたというか、そこは大きいですね。
入江:一長一短あると思いますが、在学中の4年間で得たものって、実はそんなに多くない。だから、1年で学べるなら、1年で学ぶのもいいかなとは思います。でも、確かに仲間を見つけられたことは大きいですね。
──では、2人にとって学校は、監督になるために必要だった?
市井:僕の撮りたい映画を手伝ってくれる人が必要だったこともあります。また、曲がりなりにも、多少の技術を知らなければできない面もあると思う。そういう意味では、通って良かったなと思っています。
入江:僕も、日芸に入っていなかったら、映画界には入れなかったと思う。ただ一方で、映画とは全然関係ない仕事をしていた人が、いきなり監督を目指した方が、面白いものができるかなって気もしていて。
──それは、映画の知識が増えると面白いものが作れなくなるという意味?
入江:そう言うのとはちょっと違って。大学で4年間、同じ人と同じクラスでやっていると、小さな世界で評価し合うだけの話になっちゃうんです。世の中に出ると、もっと面白い映画がいっぱいあるのに、中にいると、それがわからず固まっちゃう。在学中から、そういうのはどうかとは思っていたんですね。
──では、入江監督は友だちにどう評価されていた?
入江:結構、誉められていましたけど(笑)。
●ぴあ、ゆうばりは、モチベーション維持に貢献
──2人はインディーズの映画祭でグランプリを撮ったことが監督デビューに繋がっています。どんな流れでグランプリ獲得に至ったのでしょう?
市井:授業の一環で、クラスで2本だけ、自分たちで書いたシナリオの中から面白い作品を選んで撮影することになって、僕ともう1人が選ばれたんです。そのときに撮った1本と、卒業制作で撮った1本、合わせて2本を、ぴあとゆうばりに出したんです。けど、両方とも落選。NGを出されたことで燃えてきて、逆にモチベーションが上がり、映画祭に入選っていう1つの目標ができた。そこで、さらに目標に向けてのモチベーションを上げ、翌年に撮った『隼』という映画で、今度はぴあの準グランプリと技術賞を獲得して。
入江:僕は最初に参加した映画祭がゆうばりだったんです。応募した作品が、先ほども触れた16ミリの短編。これが入選はしたんですが、審査員にボロクソに言われて。殺してやろうかって思うくらい、すごく悔しい思いをしました。
──その後、市井監督の『無防備』が第30回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリ、技術賞、GyaO賞の3賞を獲得。入江監督の『SR サイタマノラッパー』も、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009オフシアター・コンペティション部門グランプリを獲得します。ぴあもゆうばりも、共にインディーズ映画にとっては大きな登竜門。そこでグランプリを獲ったことが商業映画の監督デビューに繋がりましたが、こうしたインディーズ映画祭も監督を目指している方の大きな存在になっていると思いますか?
市井:まず、見てもらえる場をもてることが非常に大きいですね、見た方がどう感じているのかも、知ることができますし。
入江:僕も同じで、まずは見てもらえることが大切だと思っています。
●デビュー作に、これまでの自分を投影
──では、ぴあでグランプリを獲得した市井監督の『無防備』と、ゆうばりでグランプリを獲った入江監督の『SR サイタマノラッパー』、それぞれの作品について話を聞かせてください。
市井:僕は基本的にコンプレックスを感じていたり、挫折を味わった人が、這いずり回りながらも立ち上がり、最後に少しでも希望が見えるような映画を撮りたいと思っているんです。今回、『無防備』を撮るようになったのは、妻の妊娠がきっかけで、そこからシナリオに枝葉をいろいろと付け足しつつ、作り上げていきました。
入江:僕はジャンルを問わずに映画好きなので、どんなジャンルでも、撮りたいと言えば撮りたい。これまでもVシネマやアイドルのショートムービーも作ったりしていて。だからこそ今回は、ちょっと趣向を変えた。映画を作ろうと思ってから10年が経つので、もう1度、自分を見つめ直そうと思ったところから始めたんです。
──見つめ直すとは?
入江:地元の埼玉が舞台なんですけど、19歳くらいで、どうしたら映画監督になれるかわからず、ウダウダしていた頃の自分を投影したりとか。映画のような感じで、いつもダラダラしていました(笑)。
市井:僕も出身は富山でなんですが、今回の『無防備』は地元で撮りました。だからか、シナリオを書いているときに、自分の過去を振り返りつ、見つめ直しながら書けたんです。結果的に、自分のこれまでを投影させた映画になっていると思っています。
入江:まあ、ローランド・エメリッヒ監督みたいな、大作映画も作りたいんですけどね(笑)。
市井:その気持ち、よくわかります(笑)。
●日本だけで戦っていてはダメ
──日本映画界について、思うことはあります?
入江:つまらない映画は、もっとつまらないって言っていいと思うんですよね。
──それを言われると耳が痛い。
市井:割と、なあなあで進んでいるような気がするんです。
──確かに。テレビCMを見ても、どの映画も「絶賛上映中」と書かれていたり。
入江:でも、今はネットがあるので、「つまらない」って情報はバンバン入ってくる。例えば、信用している映画誌がつまらない映画を「面白い!」って書いたら、勘違いして見に行ってしまう人も多いと思うし。
市井:僕はポン・ジュノ監督の『母なる証明』のようなクセのある映画が、韓国では数百万人も動員していることがすごいと思っていて。日本では、『母なる証明』のような映画を日本人が監督しても、なかなか大きな規模で上映することは難しいと思う。だから僕は、自分たちの作りたいものを見てもらえるように、観客を変えていきたいという意気込みはありますね。
──『無防備』は第13回釜山国際映画祭でグランプリ、『SR サイタマノラッパー』は第13回富川国際ファンタスティック映画祭で、もっとも優れたアジア映画に与えられるNETPAC賞。共に海外の映画祭で高評価を受けましたが、その感想は?
市井:釜山の映画祭も、ほかの国の映画祭もそうですが、海外の映画祭っていいなって思ったんです。日本でも、ゆうばりは町ぐるみでやっているので大好きなんですが、韓国やベルリンも、ボランティアが充実していて、本当に地元の方が映画が好きでやっているというのが伝わってくるんです。
入江:質問タイムがあると、積極的に質問してきますよね。
市井:香港とイタリア、フランスにも行ったんですけど、どこも、観客が積極的でした。
──では、2人にとって世界は、目標として視野に?
入江:そうですね。どこまでできるかわかりませんが。今は資本もボーダレス化してきている。そのうち、撮りたいものがあったら、どこにでも行って撮れる。そうなっていくと、いいですよね。
市井:僕もそう思います。ポン・ジュノ監督の映画や、ナ・ホンジン監督の『チェイサー』を見ていると、その映画が素晴らしいと思うと同時に、悔しくなる。日本で云々と言っているだけだったらダメだなと思うんです。
──では最後に、今後の抱負を教えてください。
市井:僕はまだ、明確には決まっていなくて、今はシナリオを書いている最中です。
入江:僕は、もう撮り終わったんですけど、次のゆうばりで上映するために編集中なのが、女の子のラッパー映画。
市井:それも埼玉で撮ったんですか?
入江:いえ、今度は群馬。北関東3部作を作ろうと思っていて、もう1本撮る予定になっているんです(笑)。
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