認知症という現実に向き合う男性カップルが旅路の果てに見たものは。
コリン・ファースとスタンリー・トゥッチの繊細で雄弁な演技が光る
【週末シネマ】最高の俳優2人が“Less is more(より少ないことが、より豊か)”のお手本のような、静かに雄弁な芝居を見せる。2人を囲む全てが丁寧に描かれ、控えめな繊細さも見事なのが『スーパーノヴァ』だ。コリン・ファースとスタンリー・トゥッチが演じるのは長年連れ添ったカップル。ピアニストのサムと作家のタスカーだ。重なった2つの手のアップから映画は始まる。爪は切りっぱなしでヤスリもかけず、甘皮も取っていない。ピアニストがなぜそんな手をしているのか。彼とタスカーは今どこで、何をしているのか。少しずつ明らかになっていく。彼らはキャンピングカーでイギリスの湖水地方を旅している。観光名所でもないが、自分たちにとって思い出深い場所や大切な家族を訪ねている。
タスカーは初期の認知症だ。日常生活に小さな支障が起き始めている。それを承知しながらの二人旅は、懐かしさと寂しさと優しさに満ちたものだ。
やがて訪れる未来への向き合い方で対立するが……。
ファースとトゥッチは2001年にTV映画『謀議』で共演して以来の友人で、先に出演が決まったトゥッチがファースに声をかけた。2人のスクリーン上の相性は申し分なく、寡黙で不器用なイギリス人のサムと、ユーモアがあって社交的なアメリカ人のタスカーとして、20年以上を共に過ごして積み上げてきた関係を自然に表現している。
それはちょっとしたやりとりや仕草の中に潜ませてある。他愛ない口喧嘩をどう終わらせるか、相手の弱点をどう見て見ぬふりをしながら支えるのか。彼らはほとんど無意識に相手を気遣っている。私たちが日常の中で目撃して「いい夫婦(カップル)だな」と感じた瞬間を思い起こさせる佇まいだ。
だが、タスカーはいずれ記憶を失ってしまう。自分が誰であるかさえもわからなくなってしまうだろう。彼が天文学に夢中になり、夜空の星について話し続けるのは、超新星(恒星が進化の最終段階で爆発し、新星よりもまばゆく輝いた後に減光していく現象)を自分自身になぞらえているからだろう。
自己が消えていく恐怖と生きるタスカーと、愛する伴侶がたどる運命に何とか立ち向かおうとするサムは、未来についての向き合い方で対立する。だが、この物語は“行ってしまう者/残される者”という単純な図式からも解き放たれた答えを用意している。
2人の提案で役を交換、若き監督の余韻ある演出も見事
当初は、最初の妻を病で亡くした経験のあるトゥッチがサム、ファースがタスカーにキャスティングされていた。だが、脚本を読み込むうちにファースが役のスイッチを持ちかけ、実はトゥッチも同じことを考えていたと判明。監督がオーディションを行い、彼らの提案が実現した。
監督は、長編は本作が2作目となるハリー・マックイーン。1984年生まれのまだ若い監督だが、余分なものを一切省いた演出が導き出す余韻は1つ1つのシーンを美しく繋いでいく。サプライズ・パーティでのスピーチ、タスカーが創作アイディアを書きためたノート、そしてサムが事情を知る知己の人々と交わす会話。抑えたトーンで胸が引き裂かれるような現実を暗示しながら、最後に残るのは優しさだ。甘ったるさとは別物の慈しみの物語は、誰かと添い遂げるということの本質に迫っていく。エルガーの「愛の挨拶」を聴くたびに、これからはきっとこの映画を思い出す。(文:冨永由紀/映画ライター)
『スーパーノヴァ』は2021年7月1日より全国順次公開
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