“お持ち帰り”だなんてふざけるな! 痛快だけでは済まされない、若き女性の捨て身の裁き
アカデミー賞脚本賞受賞、新進気鋭の監督の長編デビュー作
【週末シネマ】欧米で公開されるや大反響を呼び、エメラルド・フェネル監督が第93回アカデミー賞脚本賞を受賞した『プロミシング・ヤング・ウーマン』。タイトルの示す“前途有望な若い女性”とは、この映画の主人公・キャシーのかつての姿だ。成績優秀な医学生だった頃から数年経ち、彼女は30歳になろうとしている。まだ若い。だが、前途は絶たれてドロップアウトした今は、街のコーヒーショップで働いている。そして夜になると1人でバーに繰り出す。
・『プロミシング・ヤング・ウーマン』キャリー・マリガン インタビュー
正体なく酔いつぶれたふりをして、そんな自分を“お持ち帰り”する男たちに鉄槌を食らわすのが目的だ。親切を装った男が下心を剥き出しにした瞬間、実は素面のキャシーは真顔で起き上がり、男たちを怯ませる。1つ間違えば、相手の逆襲を受けるかもしれない危険な行動をなぜ彼女が取り続けるのか? それは復讐心からだ。学生時代に起きたある事件が、キャシーと幼馴染で親友だったニーナの未来を奪った。
ヒロインの“男裁き”に痛快を超えて虚しさが広がる
それにしても、“お持ち帰り”とはなんと卑怯な表現だろう。この言葉は本来、買った商品を自分で家に持っていく時に使われる。売る気も買われる気もなく、酩酊して意思表示もできない人物を連れ帰って好き放題に扱うことを “お持ち帰り”と言えるのか。他人の家に勝手に上がり込み、持ち主の大切なものを持ち去ることを“お持ち帰り”と呼べば、非常識だと誰でも思うだろう。心身ともに人を深く傷つける行為を、こんなふうに誤魔化す表現には違和感しかない。
キャシーの捨て身の裁きは、果たしてどれくらい“お持ち帰り”男の心に響くのだろうか。ひどい目に遭った、と思いながら、また別の店で別の獲物を物色するだけではないのか。いい人ぶった男たちがボロを出すエピソードが畳みかけられるのを見ていて、胸がすくと言うよりも虚しさが広がる。そして、そんな高みの見物気分は物語が進むにつれて、ちりぢりに消えてなくなる。
恋の予感、甘さと毒々しさ、あざとさも恐れない監督の演出
「これは自分には全く関係ないお話」と言い切れる者はいるだろうか? 映画にも、そんな風に思っている人物が大勢いる。本作が長編映画監督第1作となるフェネルは、キャシーの復讐劇を通して、単純に「痛快」で済まされないものを突きつけ、観客にさえ罪なき傍観者であることを許さない。
並行して描かれるのは、コーヒーショップの客として現れた元同級生で現在は小児科医のライアンとの恋愛だ。最初から熱心にアプローチする彼にキャシーはつれない態度を取るが、それでも紳士的に接してくるライアンに惹かれていく。ゆっくりと、だが着実に築いていく2人の関係を周囲も温かく見守っていたのだが……。
パステル調のピンクやブルーのやわらかさと黒やネオンカラーの毒々しさが交互に現れる刺激的な映像、ブリトニー・スピアーズの「Toxic」の使い方など、あざとくなることも恐れない演出にフェネルの決意の強さを感じる。
“復讐鬼”にキャリー・マリガン、“男たち”には好感度の高い俳優陣
激しい怒りを内に抱え、幸せに背を向けるように生きてきたキャシーを演じるのは『17歳の肖像』で英国アカデミー主演女優賞を受賞し、『わたしを離さないで』『華麗なるギャツビー』などで知られるキャリー・マリガン。夜と昼、対峙する相手によってガラリと変貌し、性格すら変わるキャシーを演じた。
ライアン役のボー・バーナムはもちろん、登場する男性たちを演じるのもアダム・ブロディやクリス・ローウェルなど、好感度の高い俳優たちだ。ティモシー・シャラメやキアヌ・リーヴスではないけれど、感じが良くて親しみやすい。そういう役柄で知られる彼らの起用は意図的なものだという。いつも通りの姿で登場することで、誰もが加害者になりうるというメッセージが強調される。
悲劇とどう向き合うか。前を向いて進むことができれば、それに越したことはない。だが、「覆水盆に返らず」も事実だ。こぼれた水は元には戻らない。空のコップをもう一度満たしたとしても、それは以前と同じということではない。
傷ついても人は生きていく。だが、取り返しはつかない。それがどんなことなのか、この映画は示している。(文:冨永由紀/映画ライター)
『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、2021年7月16日より全国公開
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