片岡千恵蔵主演のサイレント時代劇『諧謔三浪士』を配信で楽しむ
【週末シネマ】東京都と沖縄県で緊急事態宣言が実施されるなど、まだパンデミックの影響が続くこともあり、今回は配信作品を紹介したい。
日本の秀作や独立系映画など、レアな名作を毎月15本ピックアップする配信サービス「鳴滝」で7月から配信中のサイレント時代劇『諧謔三浪士』(1930年)。
のちに三船敏郎主演の『無法松の一生』(58年)でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞した稲垣浩監督が、若手の人気俳優だった片岡千恵蔵(1903年~1983年)が興した「片岡千恵蔵プロダクション(略称:千恵プロ)」で撮った、千恵蔵主演作だ。
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片岡千恵蔵は、中高年世代には加藤剛主演のテレビ時代劇「大岡越前」の大岡忠高役として、もちろん映画全盛期における時代劇の大スターとして記憶されているだろう。元は歌舞伎役者だった千恵蔵は門閥外の出身で、封建的な梨園に反発して映画界に転身、1928年に25歳で自身の製作会社「千恵プロ」を立ち上げ、ヒット作を連発していた。
女好き、酒好き、ハンサムで切れ者3人組のドタバタ劇
「三浪士」とは、当時のアメリカの映画スター、ダグラス・フェアバンクス主演の『三銃士』(1921年)にあやかったものだという。その作風が「髷をつけた現代劇」と評された稲垣浩らしい、モダンで軽妙洒脱な時代劇だ。
本作の封切り当時のポスターには「諧謔」に「ナンセンス」とふりがなが振ってある。その名の通り、全編に笑いの要素が満載だ。曲がったことと、「がる」奴と「ぶる」奴が大嫌いな貧乏浪士3人の痛快な物語は、製作から90年以上経った2021年の今見ても、十分に楽しい。
敗れた障子から朝の光が差し込んでくるオンボロ長屋で川の字になって寝ているのは、女好きの国枝半四郎(尾上桃華)、女よりも酒なしでは生きていけない佐久間勘兵衛(瀬川路三郎)、そしてハンサムで切れ者の三好清十郎(千恵蔵)の3人。仕える先もない浪人暮らしで、金も仕事もないが、その日常は案外楽しそう。
菅田将暉主演ドラマ『コントが始まる』にも通じる“黄金設定”
ダラダラ過ごして、お金が必要になると知恵と剣の腕を駆使して道場破りで小金を稼いで過ごす生活に、先日まで放送されていた菅田将暉主演のドラマ『コントが始まる』をちょっと思い出す。呑気な三浪士と悩み多きお笑いトリオ「マクベス」を重ねるのはちょっと強引すぎるこじつけだが、貧乏暮らしの3人組というのは物語のきっかけとして、いつの時代にも通用する黄金設定ではないか。
三浪士の前に、浅草界隈で偉「がる」、たか「ぶる」三昧の不届きな集団「六法阿弥陀組」が現れる。三浪士は坊主頭の集団を相手に大立ち回りを演じ、傍若無人の振舞いを懲らしめたのはいいが、今度は贋金騒動に巻き込まれてしまう。贋物どころか本物にも縁がないのに、と身の潔白を証明するために彼らが悪党退治に奮闘する、というあらすじだ。
クレジットで目を引く「ギャグ効果:第八戦社同人」とは?
ちなみに本作には「ギャグ効果:第八戦社同人」というクレジットがある。千恵プロの脚本部と監督部の有志のこと。彼らの発案で、「必殺」シリーズやジャッキー・チェンのアクションの元ネタかというような、スラップスティック・シーンからダジャレまで、さまざまなスタイルが繰り出される。時代を感じるもの、感じさせないもの、両者の混在が面白い。
現存する映像は極端に明るかったり暗かったり、キズもある。だが、それを補って余りある魅力に満ちた傑作だ。
戦争に向かう時代に若い映画人が作り上げたのは自由なエンタメだった
100年近く前に、こんなにも自由で朗らかな、誰も死なないナンセンス時代劇が作られた。お笑いの中に風刺があり、真っ当な正義を描く。若くて身軽でイケメンの千恵蔵、髭面で無骨な槍の名人を演じる瀬川、鼻っ柱が強いが女性に弱い尾上桃華のケミストリーも最高だ。
配信サービス「鳴滝」の名前の由来は、京都の映画人であった山中貞雄、稲垣浩らが製作会社の枠を超えて結成した脚本家集団「鳴滝組」へのオマージュが込められている。1930年代に時代は戦争へと舵を切り、「鳴滝組」メンバーの山中は『丹下左膳余話 百萬両の壺』『人情紙風船』などの傑作を残し、1938年28歳の若さで戦病死している。遡ってその数年前、暗い未来を予感しながら若い映画人たちが作り出したのは、はちゃめちゃに自由なエンターテインメントだった。その明朗な反骨精神は時代を超越する。(文:冨永由紀/映画ライター)
『諧謔三浪士』は、映画配信サイト「鳴滝」にて配信中。
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