有村架純「生きてないとだめでしょう」…柳楽優弥&三浦春馬“兄弟”に語るワケ
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壮大なテーマと配役の秘密が明かされる
柳楽優弥、有村架純、三浦春馬が共演し、日本の原爆研究を背景に描く青春群像劇『映画 太陽の子』が8月6日に全国公開される。このたび、上智大学英語学科主催[『映画 太陽の子』オンライントークイベント]が開催された。
・三浦春馬、「いっぱい未来の話しよう!」 前向きな情熱の舞台裏が明らかに
イベントは2日にわたって開催されたが、ここでは7月10日に監督の黒崎博、歴史学者で上智大学英語学科准教授の廣田秀孝、映画監督で上智大学英語学科教授のジョン・ウィリアムズが登壇したイベントの内容をお伝えする。
壮大な世界観と“原爆研究”というテーマが、共同製作に繋がる
日米合作というビッグプロジェクト誕生のきっかけは、黒崎監督が今から10年以上前に、広島県の図書館の片隅で若き科学者の日記の断片を見つけたことから始まる。
そこには、研究のこと以外にも、当時の暮らしぶりや「あの子が好きだ」といった話も書かれており、彼らは秘密の研究室で暗い顔をして開発していたわけではなく、目の前にある未知の学問と向き合いながら懸命に生きていた、ということがイメージできたという。
是非彼らの物語を映像化したいと考えた黒崎監督は、仕事の合間に各地を回り、様々な人々を訪ねて膨大な資料を集めた。そして2015年、渾身のリサーチを結実させたシナリオが、サンダンス・インスティテュート/NHK賞を受賞、大きな一歩を踏み出した。
しかし、高く評価された壮大な世界観とセンシティブなテーマが、映像化実現へのハードルを上げていた。それでも黒崎監督は妥協するどころか、むしろスケールを膨らませたシナリオをプロデューサーの土屋勝裕に渡した。シナリオを読んだ土屋は、「非常に力がある」と感服すると同時に、海外との共同製作が絶対条件だと判断した。
製作費の獲得はもちろん、自分たちメディアが語り継がねばならないテーマがあると感じ、戦争で原爆を落とされた唯一の国である日本が実は加害者にもなり得たかもしれないという深い視点を世界に問いかけたいと考えたという。
フィクションであっても、映画ならば撮影現場で生まれたドキュメンタリーだ
ジョンから演出について問われた黒崎は、「フィクションは、つくりもの。脚本という設計図があり、作為がある嘘の世界。けれどもそれは手段であって、本当の気持ちを伝えられたらいいなと思って作っているのがフィクション」と前置きした上で、「俳優は脚本に沿って演じているが、時として、笑わなければいけないところで泣いてしまったり、涙を流す予定だったシーンで笑顔がこぼれたり、予期せぬことが生まれてくるもの。それを設計図に戻そうと歪めるのではなく、とにかくそれを撮ってみようと思っている。フィクションであっても現場で生まれたドキュメンタリーを撮っているんだと、それを取りこぼしたら一生撮れないから、そういう緊張感をもって臨もうと現場で話していた」と、繊細な映像を生み出した演出について明かした。
また脚本については、「この映画を暗い物語と決めつけるのはやめようと思っていた。若者たちの物語なのだからとってもエネルギーにあふれているだろうし、一色に決めないで色々な表情を取り込もうと思った」と言う。
続いて廣田から、“日本の原爆研究”とに関する理解をどう深めていったのかを問われると、「文献がないか、この件について調べている大学の先生がいないか等を調べることから始めた。しかし、当時在籍していた人たちはほとんど亡くなってしまっていた。ただ、一番若手の研究者の親族から電話をもらい、ノートやメモ、戦後に回想して描いた文章をいくつか見せてもらうことができた。戦後2年ほど高校の教師をして、その後は晩年まで物理学者として生きたということで、それを参考に主人公の姿を作っていった」と主人公・修のルーツが実在の科学者だったことを明かした。
また、日本軍が新型爆弾研究の任務を京都帝国大学が受諾したことについて聞かれると、「最初から原爆を作るために研究していたのではない。当時、ドイツとオーストリアの科学者によってウランが核分裂することが発見され、分裂するときに膨大なエネルギーが放出されているのではないかという最新の議論に科学者たちがこぞって研究を進めた」と当時のいきさつを説明。
しかし、第二次世界大戦が始まると世界各国の科学者たちの間に存在したネットワークが遮断。各国が何を研究しているかわからなくなってしまった。そんな中、核分裂が大きなエネルギーを生むことは理論的には分かっていたので、海軍が荒勝教授へ命令を下したのだという。
もっとも、「当時の学生や若い研究者たちが殺戮兵器を作ることついてどのような議論をしたかは、記録が残っていないため分からない」としながらも、「ただ、学生たちにとっては、核分裂の研究という純粋な物理学の研究だったはずのものが、兵器の開発にすり替わってしまうというショッキングな出来事だった」と、当時の学生たち感じた驚きや葛藤などに思いを馳せた。
その上で、「戦争に協力することは正義だという考えも当然あっただろうとも思うし、判断するのは難しく、どちらの視点も持っていたと思うので、それを映画の中に織り込んだ」とフラットな観点で描こうとしたことを明かした。
“未来”を語ってくれるひとりの女性…有村架純に託した言葉
話は映画のテーマへと移る。“未来”をテーマにしたこの物語で大切なのは、科学者の修と軍人の裕之の幼なじみ・世津だという。
「“生きてないとだめでしょう”と、世津に代表される女性が言ってくれることが、人間にとって強いことなのではないかと思った。当たり前に大事なことをまっすぐに言ってくれる女優さんが僕にとっては必要で、それが有村架純さんだった」と、世津にこの台詞を託した理由が明かし、「昔を語る映画ではなくて、未来を語る映画として撮っていた」と、過去の戦時中を描きながら、今を生きる私たちに考えさせる作品であることを訴えた。
2分でわかる! 赤ペン瀧川の映画公開記念動画
このたび、映画プレゼンターとして知られる赤ペン瀧川による特別動画[赤ペン瀧川プレゼンツ! 2分でわかる『映画 太陽の子』特別動画]も公開された。
瀧川は「どうにも堪えきれず赤ペン大号泣」と語り、本作に対する溢れんばかりの思いとともに「注目ポイント3ヵ条」を熱弁。本作をわかりやすく解説し、厳しい状況下で必死に生きる若者という点で現在と共通点があり、今だからこそ響く素晴らしい映画だと説いている(https://youtu.be/fywqSxZasCw)。
激動の時代を乗り越えていく若者3人の青春群像劇
ノーベル賞学者の湯川秀樹も参加し、原爆研究を行っていた“F研究”。本作品は、旧海軍の委託を受け京都帝国大学が極秘で進めていたというこの歴史的事実を基に作られたフィクション映画。昨年20年の終戦記念日8月15日に放送されたNHKのテレビドラマ版『太陽の子』とは異なる視点で描かれた日米合作映画で、昨年20年7月に逝去した三浦が出演する最後の作品となった。
海軍からの密命を受け研究に勤しむ実験好きの若き科学者・石村修(柳楽)と研究員たちは、「今研究しているものが完成すれば戦争は終わる。世界を変えられる」と、託された国の未来のために情熱的に原子核爆弾の研究開発を進めていた。そんな日々が続く中、幼馴染の朝倉世津(有村)が建物疎開で家を失い石村の家に住むことに。修の弟・裕之(三浦)も戦地から一時帰宅し、3人は久しぶりの再会を喜んだ。
3人は幸せなひとときを過ごすも、修と世津は、戦地で裕之が負った深い心の傷に気づく。また、物理学研究の楽しさに魅了されていた修も、原子核爆弾の破壊力の恐ろしさを知り、葛藤を抱えていた。そんな2人を力強く包み込む世津だったが、彼女はただ1人、戦争が終わった後の世界を考え始めていた。
それぞれが葛藤を抱える中で、運命の8月6日が訪れる。日本中が絶望に打ちひしがれる中、それでも前を向く修が見出した新たな光とは?
『映画 太陽の子』は8月6日に全国公開される。
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