セリーナ・ウィリアムズを制した若きスターの歩みと成長を追う
【週末シネマ】開催中のオリンピックにも日本代表として出場するプロテニス選手、大坂なおみに密着したドキュメンタリー。2018年に全米オープン決勝でセリーナ・ウィリアムズに勝って優勝し、一躍スター選手になった直後から昨年までの2年間を中心に、これまでの歩みと成長を、「成功」「覇者の精神」「新たな地図」の全3エピソードで追う。
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ハイチ系アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、親子でテニス・プレイヤーとしての道を切り拓き、自身が掲げた目標??日本人として初のグランドスラム優勝――を20歳にして達成した大坂選手が自らを見つめ直し、自分が何を望むかと向き合う様子に迫るのは、『タイム』で今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたギャレット・ブラッドリー監督だ。
Z世代のアイコンとなった大坂なおみを支える家族の姿も
大坂選手の日常に寄り添いながら、節度ある距離を保つスタイルは、被写体との相性が良い。黙々とトレーニングのメニューをこなし、試合で世界各地を飛び回り、その合間にセレブリティとしてTV出演やメディアの取材をこなし……と緊張の連続の日々の中で、ふと見せる素顔の愛らしさもとらえている。
本作には、幼い頃にテニス・コートで姉の大坂まりと2人で練習に励む映像などが登場するが、それは父親が撮影したものだ。姉妹の幼少期からカメラを回し続けた記録映像やインタビューに応える現在の両親の言葉から、彼らが娘を慈しみ、その才能を大切に育て、今も家族で支え続けているのが伝わる。恋人やコーチ、スタッフのサポートも加わり、今年24歳になる若い女性がソロ・アスリートでZ世代のアイコン“大坂なおみ”として活躍するのだ。
実直な若者がトップ・アスリートとしてメッセージを発するまでに成長
大坂選手は柔らかな口調で、言葉を丁寧に選びながら誠実に自分の気持ちを語る。偽りない正直さ、相手に対する思いやりに満ちた態度、そして必要な時は声を上げる勇敢さが印象的だ。エピソードが進むごとに成長していく大坂選手は、トップ・アスリートとしての影響力を使ってメッセージを発信し、人々に議論を促すきっかけを作るようになる。
大好きなテニスをプレイしたい。真の望みはそれだけなのかもしれない。もちろんそれは本人にしかわからないことだが、彼女自身は昨年の全米オープン出場時に「与えられた立場を当然と受け取っていたけど、それを活用すべき時が来たから」と語った。その使命感は同トーナメントで入場の際に着用するマスクに、アメリカで起きた黒人襲撃事件の犠牲者たちの名前を記し、そのマスク姿を全世界に伝えたことなどで形となった。
強さだけではなく弱さも隠さず、テニスというツールで世界を生き抜いていく勇気が頼もしい。そして常に相手への敬意を払う彼女の美しさは、2019年の全米オープンで当時15歳だったココ・ガウフ選手に勝った試合直後に、ガウフ選手を気遣う姿に現れている(一部始終は本作に収められている)。
ガウフ選手について、「今のメディアの加熱ぶりは彼女の年齢には厳しすぎる」と当時の会見で語った大坂もまだ20代前半だ。23歳にしてグランドスラムを4度制したが、プレイヤーとしても人としても、まだ道は長く続くことを彼女は理解している。このドキュメンタリーは、これまでの彼女の集大成。新たな章はもう始まっている。(文:冨永由紀/映画ライター)
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