『海を感じる時』市川由衣インタビュー

大胆演技に女優人生をかけた思いを語る

#市川由衣

完成した作品を見たときに涙が止まらなかった

これまで何度も映像化の話がありながらも実現されなかった作家・中沢けいのデビュー作『海を感じる時』が、30年以上の時を経て実写映画化された。主人公・恵美子を演じたのは、映画『サイレン 〜FORBIDDEN SIREN〜』(06年)以来、8年ぶりの映画単独主演となる市川由衣だ。

劇中では、思いを寄せる先輩の洋(池松壮亮)に愛されたいがために、言われるがままに体を捧げ、次第に大人へと成長していく姿を濃厚なラブシーンと共に表現。これまでのイメージを大きく変えるような大胆演技で新境地を切り開いた。「女優人生をかけた」という市川は作品にどんな思いを込めたのだろうか。

──市川さん演じる恵美子は、池松壮亮さん演じる洋からの愛を感じられずにいながらも、体を捧げるという女性でしたが、どのように役柄に入っていこうと思ったのでしょうか?

市川:1番最初に脚本を読んだときは、恵美子のことを「痛い女だな」という印象を持ったのですが、何度も読み返していくと、とてもピュアで純粋なんだなって感じるようになりました。ピュアさゆえの痛さが恵美子の魅力なんだって感じたんです。だから恵美子の持つピュアな気持ちが、洋に対しても、母親に対しても、絶対に負けないようにということを意識しました。

──劇中は、母親や洋に対して、むき出しの感情や体のやり取りがあります。激しいラブシーンを演じることに対して、どんな思いだったのですか?

市川:心も体もさらけ出すという意味では、恵美子という人物を演じる上で、何かを制限していては物語が成立しないと思いました。脚本を読んでから、この作品に出演しようと決心するまではかなり悩みましたが、やると決めてからはスッキリとした気分で臨めました。

──1番悩んだ部分はどのあたりですか?
市川由衣

市川:この役をやることになれば、撮影中はきっと病むだろうなって(笑)。あとは、やはり私も普通の女の子なので、肌を見せるという部分では、悩まなかったといえば嘘になりますね。でも撮影の現場では、監督とカメラマンさんだけにしてくれたり、すごく気持ちを大事にしてくださったので、安心して飛び込んでいけました。

──出来上がった作品をご覧になってどんな感想を持ちましたか?

市川:初めて完成した作品を見たとき、涙が止まらなかったんです。自分の映画で泣いたのって初めてでした……。あまり色々なことを背負わずに作品に臨もうって思ったのですが、自分のなかで殻を破りたいっていう気持ちや、8年ぶりの主演作ということでプレッシャーもあったんだと思います。だからホッとしたんでしょうね。

自分がどういう芝居をやっていきたいのか見えた気がした
市川由衣

──最後まで演じきって、ご自身の心境に変化はありましたか?

市川:この作品を経験して、自信がついたのかなって思います。安藤(尋)監督の映画の撮り方とか、演出の仕方などにすごく影響を受けましたし、これから自分がどういう感じで芝居をやっていきたいのかというのが見えた気がします。

──これまで多くの映画やドラマに出演し、主演などを経験されている市川さんの口から「自信になった」という言葉が出るのが意外でした。

市川:これまでも常に自信はなかったんです。私はすごく不器用なので、うまく役柄や現場に対応していくのが苦手なんです。だから経験を積んでいくことでしか自信を持つことができないんだと感じていて……。今回の作品は、今までやってきた役とは全く違うし、作品の色も全然違うので、そういう作品のなかでやり切れたということで1つ自信がついたと思えたのかもしれないですね。

──もう怖いものはない?

市川:いや、まだまだ怖いものだらけです(笑)。きっとこれからも悩んで挫折することはあると思います。

──ドラマなどの出演はありましたが、映画は数年間ブランクがありましたよね。何か意図があったのですか?
市川由衣

市川:特にそういうわけではなかったんです。たまたま長期間、縁がなかっただけで。私自身、映画はすごく好きなんです。ドラマも楽しいのですが、映画の現場って“映画時間”みたいなものがあるじゃないですか。それが好きなんです。あと映画って見た人によって、感想や人の心への残り方が違いますよね? すごく人に寄り添っている感じが醍醐味だなって思うんです。

──「人によって感想が違う」という意味では、この映画は特に見る人によって捉え方が変わる作品だと思います。市川さん自身、自らの性への好奇心を強調し、愛情と向き合わない洋には共感できたのでしょうか?

市川:洋は最悪ですね(笑)。女性の立場からすると、脚本を何度読んでも、洋は本当にひどい男だなという印象しか持てなかったんですね。でも、池松さんとお芝居をしていて、洋の魅力を理解できるようになってきたんです。それは池松さんの力だと思います。

どうしようもない男に惹かれてしまう女性の気持ちはちょっとわかる(笑)
──池松さんによって引き出された洋の魅力とは?
市川由衣

市川:すごく孤独を背負っているような感じがして、ちょっとした目の表情だったり、たまに見せる笑顔だったりに恵美子はどっぷりと惹かれていったんだろなって。母性本能なのかもしれませんね。

──市川さん自身の恋愛観では、こういうひどい男はありなんでしょうか?

市川:「ない!」と言いたいのですが、洋みたいなどうしようもない男に惹かれてしまう女性の気持ちは、残念ながらちょっとわかります(笑)。ああいう感じの人ってモテるんじゃないですかね。

──池松さんとのシーンの思い出は?

市川:1番最初にお会いしてすぐのシーンが、冒頭の部屋で2人で裸でいるシーンだったんですね。「はじめまして」っていった瞬間、お互い脱いでいるわけですから……。もう照れてもいられないなって感じでした(笑)。

──母親(中村久美)との喧嘩のシーンも印象的でした。髪の毛を引っ張られたり、すごい緊張感が伝わってきました。
市川由衣

市川:お母さんとのシーンは戦いでした。でも中村さんはとても優しい方なので、現場ではすごく気を使ってくださったんです。あの女同士のぶつかり合いは、とても好きで、私のなかでは大事にしたいシーンです。

──今までの市川さんのイメージを壊すような作品でしたが、今後はどんな役柄を演じてみたいですか?

市川:色々な作品をやっていきたいという思いはありますが、すごく悪い役とかにもチャレンジしたいですね。どんどん幅を広げて、もっと自分自身のイメージを壊していきたいです。

──最後にこの作品をアピールしてください。

市川:見終わった後に、愛ってなんだろうとか、家族との関係ってどういうものなんだろうって色々なことを考えさせられる作品です。世代や時代を超えて、人の心に寄り添う作品になればと思っています。

(text&photo磯部正和)

市川由衣
市川由衣
いちかわ・ゆい

1986年2月10日生まれ。東京都出身。01年にドラマ『渋谷系女子プロレス』で女優活動を開始する。03年には『呪怨』でスクリーンデビューを果たすと、05年の『サイレン〜FORBIDDEN SIREN〜』で映画初主演を務める。その後も、映画『ラフ ROUGH』(06年)、『NANA2』(06年)など話題作に出演し、女優としてのキャリアを積む。14年には本作のほか、園子温監督の映画『TOKYO TRIBE』にも出演している。

市川由衣
海を感じる時
2014年9月13日よりテアトル新宿ほかにて全国公開
[監督]安藤尋
[脚本]荒井晴彦
[原作]中沢けい
[出演]市川由衣、池松壮亮、阪井まどか、高尾祥子、三浦誠己、中村久美
[DATA]ファントム・フィルム

(C)『海を感じる時』製作委員会