(…前編「徹底した役への同化を求める河直美監督、音声ガイド原稿も女優が自分で執筆!」より続く)
【映画を聴く】『光』後編
意外な形で登場する樹木希林
その存在感を際立たせたサウンドデザイナーの手腕
この連載コラムには『映画を聴く』というタイトルが付いているが、その趣旨は“見る”ことを大前提としながら映画の音や音楽に耳を澄ましてみよう、というもの。映像のない映画を聴く(もしくは音のない音楽を見る)といったバリアフリーの考え方からはまったくもってかけ離れている。だからこそ、本作が扱うテーマやエピソードから受け取る気づきは多く、“映画を聴く”ということの意味を改めて考えさせられる。
ただ言葉が多ければいいというものではない。水崎綾女の演じる美佐子は、永瀬正敏の演じる弱視の写真家である雅哉に、自身の書いた音声ガイドの徹底的なダメ出しを受ける。たしかに劇中前半の美佐子は書き手のエゴが先行してしまっていて、見る者の気持ちに寄り添うことを忘れている。
本作の録音とサウンドデザイナーを兼任するのは、河監督の前作『あん』でも起用されていたフランス在住のロマン・ディムニ。自信満々に、饒舌なガイドを付ける美佐子の声はオンマイクでくっきりと録音されているのに対して、雅哉の指摘ですっかり自信を失った後の美佐子の声は、ヴェールを掛けられたようなくぐもった音像に感じられる。役者に演技ではない生々しさを求める河監督の流儀は、サウンドデザインにも明らかに反映されているわけだ。
終盤、『あん』で永瀬正敏とタッグを組んだ樹木希林が、意外な形で登場する。そこでの彼女の存在感を際立たせているのも、やはりディムニの手腕だ。映画を“見る”ことができる人にも目を閉じて“聴く”ことを促す、本作のコアとなるシークエンスである。
そうなってくると気になるのが、音声ガイドを扱ったこの映画に、実際どのような音声ガイドが付けられているのかということ。“光”のない映画とは、いったいどのようなものなのか。それを経験して初めて、この映画の本質が見えてくるのは間違いない。(文:伊藤隆剛/ライター)
『光』は5月27日より公開。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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