【週末シネマ】殴られ屋を演じた西島に圧倒! 映画愛に満ちた男の叫びに耳を傾けよ
映画って何なのだ? ここまで人を夢中にさせるものなのか? 映画の冒頭、東京の雑踏に立ち、「映画はかつて真に娯楽であり、芸術であった!」と絶叫し、商業主義の映画がはびこる現状を嘆く主人公・秀二の姿に思う。カンヌやヴェネチアなど国際映画祭でも作品を発表しているイランのアミール・ナデリ監督が東京で西島秀俊を主演に迎えて撮った『CUT』は、全編を通して映画に対する狂おしいほどの愛が迸(ほとばし)る。
映画監督の秀二は兄から金を借りて映画を撮っているが、なかなか日の目を見る機会がない。それでも映画への熱は冷めぬばかりか、芸術としての映画の力を信じる彼は、映画館で見る機会が稀な名作の上映会を行い、街中で演説をして警察に追われる日々を送っている。
そんなある日、借金のトラブルで兄が死んだと知らされた秀二はヤクザの事務所から、兄が遺した総額1254万円の借金を2週間以内に返済するよう迫られる。切羽詰まった秀二は途方もない返済法を思いつく。ヤクザ相手に体を張って金を稼ぐ。すなわち、殴られ屋として彼らのサンドバッグになるのだ。兄が死んだ事務所で一発殴られるたび、敬愛する映画監督たちの作品を思い浮かべる秀二。だが、期日が迫り傷だらけになっても返済額には到底及ばない。期限の日、秀二は100発のパンチを受けることを決意する。その間、「今日この日まで私の全てだった100本の映画のことを考えよう」と心に決めて。
たかが映画。だが、そこに全てを賭ける者がいる。映画と運命をともにする秀二の主張は青臭く、それがどうした、と言われてしまえばそれまでのこと。だが、理屈ではない彼の思いの強さには誰もが胸を打たれるはずだ。秀二に扮する西島秀俊の発する尋常ならざるすさまじさに、ただただ圧倒される。映画に恋い焦がれ、いわば映画と心中する無茶な男を演じて、少しも嘘を感じさせないのは、西島自身が熱心なシネフィルとして映画を追い続けているからでもあろう。
ナデリ監督の分身だという秀二の壮絶な魂の彷徨は、映画を見るという行為にも目を向けさせる。彼の咎(とが)めは作り手側のみならず、提供されたものを無批判に受け入れるだけの観客へも向けられているように思えるのだ。自分で探し、選んで、見る。これだけで秀二の嘆く状況は少しは前進するはずだ。様々な国で作られた多種多様な作品、知られざる過去の名作と出会う場は、今もある。秀二の叫びは確実に届いている。そう信じたい。
『CUT』は12月17日よりシネマート新宿ほかにて全国順次公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)
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