予測できない結末へと転がり続ける! オスカー大本命『スリー・ビルボード』見どころはココ

#スリー・ビルボード#週末シネマ

『スリー・ビルボード』
(C)2017 Twentieth Century Fox
『スリー・ビルボード』
(C)2017 Twentieth Century Fox

【週末シネマ】『スリー・ビルボード』

3月発表の第90回アカデミー賞で、作品賞や脚本賞など全6部門にノミネートされ、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞の大本命と見なされている『スリー・ビルボード』。アメリカ南部のミズーリ州にある小さな町、エビングの町外れに建てられた3つの看板が話の発端だ。

今までで最も悲しい映画/『スリー・ビルボード』マーティン・マクドノー監督インタビュー

化粧っ気もなく、無愛想な中年女性が町の広告社に現れ、3つの看板の1年間使用契約を結ぶ。真っ赤に塗りつぶした背景に黒い文字で書かれたのは、7ヵ月前に起きたレイプ殺人事件の捜査の遅れについて、地元警察の署長を非難する内容。看板を設置したのは、被害者の母であるミルドレッドだった。

ウディ・ハレルソンが演じるウィロビー署長は町中から尊敬される存在であり、その彼を名指しで批判するミルドレッドは周囲から孤立。脅迫めいた嫌がらせが続くが、彼女は決して屈しない。警察署には人種差別を平気で行い、無能なくせに権力だけは振り回すディクソン巡査がいる。卑小を絵に描いたような男だが、彼は署長に心酔していて、ミルドレッドを目の敵にする。サム・ロックウェルが演じるディクソンと町民たち VSミルドレッドの対立が生み出す緊張は、小さなコミュニティの閉塞感と相まって、まるで当事者の1人になったような感覚を観客にもたらす。

広告会社の担当者(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)、暴走する母親に当惑する高校生の息子(ルーカス・ヘッジス)、良妻賢母の署長夫人(アビー・コーニッシュ)、ミルドレッドの別れた夫と若すぎるパートナーをはじめ、登場人物たちは出演シーンの多少に関わらず、リアルな存在感があり、ミルドレッドと彼らが織りなす人間模様は、重苦しさだけにとどまらず、時に得も言われぬユーモアを醸し出す。

マクドーマンドは、西部劇のヒーロー、ジョン・ウェインを念頭に、マーロン・ブランドやモンゴメリー・クリフトなども意識しながら、ヒロインを演じたという。ミルドレッドの参考となるような女性アイコンが見つからなかったからだというが、まさにその通りで、タフにして複雑で共感も反発も誘う、これまで見たことのなかったヒロイン像を作り上げた。一方、父性の理想や様々な思い込みに縛られる男たちの悲喜劇的な側面も丁寧に描かれる。オリジナル脚本と製作も手がけたマーティン・マクドノー監督はイギリス人。監督・脚本作の『セブン・サイコパス』でも組んだロックウェル、ハレルソンを再び起用し、外国人の視点で捉えた“アメリカの今”の物語は、一体どこへ向かうんだ? と観客の心をつかみっぱなしで、予測できない結末へと転がり続ける。

立派なだけの人間はいない。同様に、どうしようもないクズも、頭が空っぽの頼りない者も、ふとした瞬間に思わぬ一面を持ち合わせていることがわかる。かと思えば、本当にクズはクズのままという人間もいる。善人でいたいのに、とてつもなく嫌なやつになってしまう。自分の感情さえ思うようにコントロールできない人間らしさの描写が素晴らしい。愛も憎しみも、とても強い。愛も憎しみも、どちらも人を変える。

この物語の登場人物のように極端な行動をとらなくても、どこかに彼らと共通点を見つけ、共感する。誰もが一面的ではない、プリズムのような群像劇だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『スリー・ビルボード』は公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

INTERVIEW