『るろうに剣心』
キャラクターを形成するには、佇まいも重要。当然といえば当然だが、そのことを『るろうに剣心』で改めて強く思った。
幕末の動乱期。“人斬り抜刀斎”と呼ばれ恐れられた剣客がいた。やがて時代は明治に。男は緋村剣心と名乗り、自ら不殺(ころさず)の誓いを立て流浪人になっていたが、旅の途中、抜刀斎を名乗る者による人斬り事件に遭遇する。和月伸宏のコミック「るろうに剣心−明治剣客浪漫譚−」は、日本のみならず、世界的にも人気の高い原作。何しろ、シリーズ累計が5700万部を突破、世界23か国語に翻訳されており、テレビアニメ化もされている。コミックもアニメ版も共に見たことのない人でもタイトルだけは耳にしたことがあるはず。
つまりは、それだけ強力なファンが付いているワケだ。実写化にはかなりのリスクが伴う。しかしNHKドラマ「ハゲタカ」、大河ドラマ「龍馬伝」などで気を吐いた大友啓史監督は、佐藤健を主演に、剣心が宙を舞うがごとく、難題をクリアしてみせた。といっても、原作に忠実という意味ではない。映画とコミックは別モノ。重要なのは映画として、何を大切にして、どう生まれ変わらせたか、だ。
映画『るろうに剣心』の肝は剣心とアクションである。とりわけ重要なのは主人公・剣心その人だが、まずはアクションについて触れたい。本作は、冒頭での鳥羽伏見の戦いから、これが本格時代劇アクションであることを、観客にはっきりと示す。
ハリウッドでの現場経験もある大友監督は、ジャッキー・チェンが会長を務めるスタントマン協会の唯一の日本人会員として知られ、国内外で活躍する谷垣健治をアクション監督に迎えた。そして、哀しみや憎しみ、後悔、思慕に恋心、といったさまざまな感情を、殺陣やアクションに込めた。こうした表現法は、大友監督の特徴でもある“長回し”が可能にしたといってもいい。その分、役者陣の苦労は相当なものだったろう。本作のアクションシーンのスピード感と迫力には、ただただ目を見張るが、そうしたシーンのほぼ全てを、役者たち本人が演じているのだから。
次に剣心以外のキャスティング。剣心の過去を問わず受け入れ、想いを寄せていくヒロインの神谷薫に武井咲、抜刀斎が捨てた刀を持つ鵜堂刃衛に吉川晃司、元新選組三番隊組長にして明治政府の警官となった斎藤一に江口洋介、新政府に取って代わることを目論む金と権力にまみれた実業家・武田観柳に香川照之、その観柳の下でアヘン製造に関わった女医の高荷恵に蒼井優、喧嘩屋の相楽佐之助に青木崇高など、魅力的な面々が顔を揃えた。ただ彼らに関しては、とにかく原作のイメージ通りに!と意識したキャスティングとは思わない。でも、どのキャラクターもイイ感じに仕上がっている。それぞれのキャストの味を生かした上で、キャラクターの核と合わせる作業をしたのだと解釈した。
そして剣心。プロデューサーや製作スタッフ、監督をはじめ、原作者の和月も口を揃えて「剣心を演じられる役者として佐藤健が現れた」ことを実写映画化の理由に挙げているのは、すでに色んなところで語られている。佐藤はその期待に応えた。キレのいいアクション、幕末を生き抜いた身のこなし、それゆえに負った心の傷と罪の意識、そして優しさ。頭のてっぺんから足のつま先まで、彼は剣心として生きている。
何より筆者がハッとさせられたのは、激しいアクションシーンではなく、ある佇まいだった。斜め後ろからのショット。少し背を丸め、俯くような、暗殺者としての運命と哀しみを背負った佇まい。そこにいたのは、まぎれもなく剣心だった。
『るろうに剣心』は8月25日より新宿ピカデリーほかにて全国公開中。(文:望月ふみ/ライター)
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