(…前編「スクールカースト底辺から一気にアップデート〜」より続く)
【映画を聴く】『ステータス・アップデート』後編
理想の自分と本当の自分、最後に選ぶのは?
『ステータス・アップデート』で印象的なミュージカル・シーンと言えば、まずは主人公のカイルがハイスクールの食堂でいきなり歌い、踊り出すブルーノ・マーズの「Locked Out Of Heaven」を挙げないわけにはいかない。
スプーンでテーブルを叩きながらリズムを刻み、おもむろに誰かのフェンダー・テレキャスターを手に取って歌い始めるまでの流れを見るだけで、本作の脚本が“歌って踊れるロス・リンチ”のために当て書きされたものであることが分かる。ここでヒロインのダニーの気持ちをがっつりと掴み、カイルは最初の“アップデート”を果たすわけだ。
また、本作ではダニーがコーラス部で練習する曲としてレナード・コーエンの「Hallelujah」が使われる。U2のボノからボン・ジョヴィ、k.d.ラングまで数多くのアーティストがアルバムやライヴで取り上げ、中でもジェフ・バックリィのバージョンはコーエン本人のものよりも広く知られる。
最近ではミュージカル・アニメ『SING/シング』でのトニー・ケリーの歌唱も記憶に新しいが、本作ではこの曲は旧態然とした“つまらない曲”として扱われ、劇中で一度も完奏されることがない。歌唱指導の先生に「もっといい曲がある」とダニーの書いた曲をプレゼンするカイルの姿は、良くも悪くも不遜で向こう見ずな青春まっただ中の若者という感じで微笑ましい。
夢を現実にしてしまう魔法のアプリ「ユニバース」により、カイルは音楽の才能だけでなくホッケーの才能まで手に入れてしまう。そのことでカイルとダニーの恋路は怪しいものとなっていくのだが、物語の“着地点”は見る人によって賛否両論があるだろう。すべてを手に入れた若者が最終的に選ぶのは“本来の自分”なのか、それとも“生まれ変わった自分”なのか。自分ごととして考えても、そう簡単に答えは出せそうにない。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『ステータス・アップデート』は11月3日より公開。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
出版社、広告制作会社を経て、2013年に独立。音楽、映画、オーディオ、デジタルガジェットの話題を中心に、専門誌やオンラインメディアに多数寄稿。取材と構成を担当した澤野由明『澤野工房物語〜下駄屋が始めたジャズ・レーベル、大阪・新世界から世界へ』(DU BOOKS刊)が刊行されたばかり。
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