『ワールド・ウォー Z』
何と言っても、雪崩打つように迫ってくるゾンビの大群に圧倒される。物はすべてなぎ倒し、人には噛みついて瞬時に仲間へと変身させ、どんどん増殖していく。対人間であれば“話せば判る”をよすがに向き合おうと思える。だが、形は人間のままでも、彼らを相手にそれは無理。これは怖い。異様に身体能力が向上し、束になって高い壁を乗り越え、空をも飛ぶ勢いで追って来る。
・ブラッド・ピット、ゾンビ映画への出演は息子たちのためと断言!
謎のウイルスに感染した人が人を襲い、ものの数秒で襲われた者は次の獲物を探す襲撃者に変貌する。『ワールド・ウォー Z』の“Z”はゾンビ”の頭文字でもある。とすると非現実的なイメージが浮かぶが、ここで描かれる現象は、伝染病のパンデミックだ。血まみれのスプラッター描写は無しだが、常識では逃げ切れないというリアルな絶望感が増幅していく。フィラデルフィアの市街、エルサレムの壁を覆い尽くす群れの描写は衝撃的の一言。
人里離れた場所で密かに発生し、あっという間に人類を滅亡の危機にさらした事態に立ち向かうのは、第一線から身を引き、妻と2人の娘との平穏な日々を謳歌していた元国連職員のジェリー。阿鼻叫喚のなかで家族を必死で守りながら逃げ惑う彼に、過去の実績から白羽の矢が立つ。この表現は最後の希望を託された者には相応しくないかもしれない。だが、ワクチン開発にあたるウイルス学者の情報収集に同行し、世界各地を回るという任務は、無事の帰還を楽観視できるものでもない。
本作の主演と製作もつとめるブラッド・ピットはジェリーについて「ジェリーは飛べるわけでも、悪い奴をやっつけられるわけでもない」と語り、ただ家族を守りたいと考える、スーパーヒーローではない1人の男だと強調する。それでも『ダイ・ハード』などとは違い、普通の男が図らずも英雄になるのではなく、普通のお父さんのふりをしていた男が英雄に戻る、という風に見える。もちろん特別なパワーなど持ってはいない。とてつもない強運に恵まれながら、窮地を次々と切り抜けていく。ご都合主義? そうは思わせず、共感すら抱かせてしまうのだから、ブラピは大したもの。それこそがスーパースターの持つ威力、魅力というものだろう。
監督はハル・ベリーのオスカー受賞作『チョコレート』からジョニー・デップ主演の『ネバーランド』、『007/慰めの報酬』まで幅広いジャンルを手がけるマーク・フォースター。人間ドラマを得意とする監督によって、命がけの鬼ごっことかくれんぼに終始する物語には、恐怖だけではなく常に愛も存在する。現代の社会状勢にも目を配り、絵空事に思えないリアリティを持った極めてユニークなパニック・エンターテインメント大作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ワールド・ウォー Z』は8月10日よりTOHOシネマズ 日劇ほかにて全国公開中。
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