(…前編「コムアイ&森永泰弘が紡ぐジャワ島神秘の物語! 刺激に満ちた複合芸術とは?」より続く)
これまで世界各地で上演されてきた『サタンジャワ』だが、ここ日本での上演は今回は初めて。しかも東京での昼夜2公演のみということで、やはり気になるのはこの日のためだけに用意される音楽と音響だ。ガリン・ヌグロホ監督によるシンプルな70分のモノクロ映像に、サウンドアーティストの森永泰弘はどのような音を重ねるのか? 森永氏ご本人にメールでいくつかの質問をしてみた。
ーーガリン・ヌグホロ監督からは、音楽・音響に関して何か具体的な要望がありましたか?
「特にありませんでした。そして私が事前に決めていたのも、オリジナル版の音楽を参考にしないこと。それだけです。ですから、世界各地で上演されてきた過去の公演もあえて見ていません」
ーー当日どのような音源が使用されるか、少しだけ教えてください。監督が着想のひとつとして挙げられているワヤン・クリのような要素が含まれるのでしょうか?
「ヌグロホ監督が長く『映画の拡張』というテーマで創作に取り組まれているので、私は『映画の音の拡張』をテーマとしてノイズを多用します。ノイズは普段の生活においては『騒音』とみなされ、排除される傾向にあります。しかし、ノイズというものは本来、私たちの生活になくてはならない、あって然るべきものであり、普段は気にも留めない音を現前化させることで、私たちに新しい気づきを与えてくれます。
私は『音が放たれる瞬間』よりも、響きがノイズと重なって『音でなくなる瞬間』または『減衰して空間に消えていく瞬間』に美しさを感じます。そういった理由から、この作品ではノイズを多用することで、インドネシアの音の魅力を違う視点から探っていくことを狙っています。
監督は映像に映っているすべての視覚的要素に音楽または音が入ることを想定していますが、私はそうではなく、まずは映画の音、そしてそこから拡張される音、ということを考えています」
ーー立体音響とは、具体的にどのような仕様なのでしょうか? たとえばドルビーアトモスのような、既存のフォーマットに準拠したものでしょうか?
「立体音響という言葉はとても曖昧で、正確には没入型音響という言葉の方が正解です。見る人を音で包囲して、映像の世界へ没入させていくことですね。今回は40チャンネルの音をミックスして、ヘッドホンで聴こえるような音響空間を劇場に作り出すつもりで準備しています。音が劇場内を飛び交うような、エンタテインメント志向のサラウンドではありません。あくまでも音を使って、どれだけ見る人を作品に没入させることができるかをテーマに制作を進めています」
ーー監督やコムアイさんとは、どれぐらい打合せやリハーサルをされているのでしょうか?
「監督とはよくスマホのチャットでアイデアを出し合ったり、進捗を共有したりしています。
コムアイさんに関しては、私と彼女の考える『サタンジャワ』像がかなり一致しているので、あまり多くの意見交換をしなくても大丈夫だと思っています」
前編でも触れたように、森永氏は4月にインドネシア各地でフィールドレコーディングや現地の人々へのヒアリングを敢行(コムアイも同行)。5月にはジャワ島のジョグジャカルタでのリハーサルも行なっている。6月には東京でもリハーサルが行なわれており、あとは本番を待つばかり、というところだ。
最初で最後となるであろう、ガリン・ヌグロホ×森永泰弘×コムアイの組合せによる『サタンジャワ』の日本公演。ぜひとも会場で、その世界に浸っていただきたい。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『サタンジャワ』は7月2日に有楽町朝日ホールにて、14時、19時の2回上演。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
出版社、広告制作会社を経て、2013年に独立。音楽、映画、オーディオ、デジタルガジェットの話題を中心に、専門誌やオンラインメディアに多数寄稿。取材と構成を担当した澤野由明『澤野工房物語〜下駄屋が始めたジャズ・レーベル、大阪・新世界から世界へ』(DU BOOKS刊)が刊行されたばかり。
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