【鯉八の映画でもみるか。/第3回】
船の上で落語をしたことがある。
羽田から那覇に飛んで港で拾ってもらい、沖縄の島々、奄美大島、台湾を巡って横浜港に帰ってくるという航路。
船といっても漁師さんに向けて落語したわけではない。
超豪華客船。セレブのみ乗ることを許されたというクルーズ旅。
1ヵ月の船旅の、最後の1週間だけ乗ってきた。
毎晩30分だけおしゃべりするだけの楽な仕事だと思ってたのに、全然ウケないから地獄の旅だった。
ウケなかったのは、ぼくのせいでも、ましてやセレブのせいでもない。
潮の香りとバカンスには落語は似合わない。
そう思うようにしている。
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豪華客船には、セレブを飽きさせない工夫がたくさんあって、ビリヤード場もあれば、映画館、高級BARに高級レストランはもちろん、プールまで完備されている。
大浴場もあった。
30分の落語さえ終われば、ぼくも自由に無料で利用していい契約になっていたのだが、1度も楽しむことはなかった。
なぜなら、ドレスコードのためスーツの着用が義務付けられているのだが、ぼくはスーツを持っていないため着物で歩かなければならない。
でも着物で歩くと落語家だとバレてしまう。
まったくウケてない落語家だとバレてしまっては全然楽しめないし、セレブだってスベってる落語家にうろちょろされるのは嫌だろう。
ずっと部屋にいた。
部屋のグレードとしては船員以上セレブ未満だろうか、ひとり部屋で快適だった。
陸に近くなれば、携帯電話もテレビも繋がるのだが、移動中の海の上では電波が届かず役に立たない。
そのためにテレビではいつも映画が放送されていた。
24時間「男はつらいよ」シリーズ。
全作をひたすら放送するのではなく、6作の映画を繰り返し放送する。
乗客のほとんどが仕事をリタイアした年配の方々であるとはいえ、大金を払って優雅な船旅をするセレブである。
「寅さんでいいのか?」
セレブはつらくないよ。
そりゃ、つらいこともあるかもしれないけど、タコ社長や博の町工場のつらさとは違うよ。
寅さんの、寅さんを愛する全国のファンのつらさとは違うよ。
ぼくはわかるよ。
落語家はつらいよ。
ウケないと豪華客船のなかでも針のむしろなんだから。
よくわかるよ。
実際助けられたよ。
特に17作目の「寅次郎夕焼け小焼け」
これは凄い。
ゲストに宇野重吉と太地喜和子。
前半の宇野重吉パートと、後半のケラケラ快活に笑いながらも悩みを抱える太地喜和子のパートがラストに繋って、なんともいえない感動に包まれる傑作。
芸術は何のためにあるのか?を問うシーンがまたいい。
落語は何のために、誰のためにあるのか、と思い知らされた。
だから、ぼくにはわかるよ。
でもセレブは喜ぶのか?
余計なお世話か。
開き直って最終日。
綺麗めな私服で喫煙所に行くと年配の男性が話しかけてきた。着物も着てないから落語家だと気づいてないみたいで。
「お兄ちゃん。毎晩7階のホールでやってる落語聴きに行った?」
「いえ、行ってないです」
「行かないほうがいいよ。超つまんないから」
男っていうか、落語家っていうか、つらいっていうか、「はい!」って返事したのも情けないっていうか、なんていうか、
鯉八はカッコ悪いよ。
※【鯉八の映画でもみるか。】は毎月15日に連載中(朝7時更新)。
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