[未公開映画祭]息子を殺した犯人が息子の子を産む壮絶なドラマ『ザカリーに捧ぐ』
現在、Web公開中の『松嶋×町山 未公開映画祭』。 TOKYO MXのテレビ番組「松嶋×町山 未公開映画を観るTV」で紹介された日本未公開のドキュメンタリー映画39本をVOD配信しているのだが、番組のナビゲーターであるオセロの松嶋尚美と町山智浩、そして番組の生みの親とも言うべき浅草キッドの水道橋博士が大絶賛しているのが『ザカリーに捧ぐ』だ。
[動画]『ザカリーに捧ぐ』予告編
『松嶋×町山 未公開映画祭』特集
2001年に殺害された男性アンドリュー・バッグビィとその子どもであるザカリーの物語を追った作品だが、水道橋博士も「『火垂るの墓』どころじゃないですよ、号泣ぶりは。嗚咽ですね」と言うほどの秀作。また、アンドリューの元ガールフレンドでザカリーの母である女性が殺害犯だったという事実に誰もが衝撃を覚えるはずだ。
監督は、亡きアンドリューの少年時代からの親友であるカート・クエンネで、ザカリーに、父親がどんな人間だったかを伝えたいという思いから、カメラを回し始める。
知的で穏やかな人格者の両親に育てられ、誰からも愛される心優しい人間へと成長したアンドリュー。医師となり、仕事の喜びを見い出していく若者の姿が、生前の彼を知る人々の言葉から浮かび上がっていく。見る者はアンドリューの素晴らしい人柄を知る一方、不慮の死を遂げた彼の無念、そして両親の悲しみを思い、胸を締め付けられる。
その一方で、思いもしない事実が明らかになっていく。アンドリューを殺したのが元ガールフレンドのシャーリーで、なんと彼女はアンドリューの子を妊娠しているというのだ。そして出産……。ここから、一人息子の死に打ちひしがれていた両親、バッグビィ夫妻の戦いが始まるのだ。
失恋の恨みからアンドリューを殺害したシャーリー。ストーカーである彼女の言動を映像で見る視聴者は、ザカリーと名付けられた赤ん坊がシャーリーから引き離されないと危険なのではないかと危惧するはずだ。だが、判事や検事、児童福祉関係者たちはシャーリーに有利な動きを見せてザカリーを彼女の元に留め置き、バッグビィ夫妻にはわずかな面会の機会しか与えられない。
悲しみと憤りを感じながらも、夫妻は孫のために、シャーリーからの屈辱的とも言える要求を受け入れ、限られた時間のなかでザカリーに精一杯の愛情を注ぐ。息子を殺した女と頻繁に連絡を取り、会わなければいけない境遇へと追い込まれたバッグビィ夫妻の苦悩と悲しみを思うと、いたたまれない気持ちになってくる。と同時に、常に理性的であろうとする夫妻の忍耐力に尊敬の念を抱かずにはいられない。そして、自分を捨てた憎き男の両親を苦しめようとするかのようなシャーリーの振る舞いに、怒りがこみ上げてくる。
事実は小説よりも奇なりと言うが、本作に綴られた“事実”はまさにその典型だ。バッグビィ夫妻とシャーリーとのやりとりを同時進行で追う監督自身も、この物語の結末を予測できず、ただ現状を追うのに精一杯。それは我々、視聴者も同じで、だからこそサスペンスドラマなど及びもつかない迫力と共感が胸に迫るのだ。そして衝撃的な結末……。
これは、何かを声高に訴える作品でも、シャーリーを糾弾する作品でもない。それゆえにバッグビィ夫妻の悲しみや怒りが静かに響き、見る者の心に深い感動を残すのだ。そして、それこそがドキュメンタリーがもつ力なのだろう。
“泣ける”と言われる作品は山ほどあるが、これほどまでに心を震わせる作品は滅多にないはずだ。生きることの悲しみや不条理を痛感させると同時に、どう人を愛し、人生をどう生きるかについて考えさせられる。
『ザカリーに捧ぐ』は『松嶋×町山 未公開映画祭』(http://www.mikoukai.net/index.html)で配信中。
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