【週末シネマ】ラブストーリーからパニック映画、追跡劇へと次々に表情を変えるキュートな1本

『ムーンライズ・キングダム』
(C) Focus Features
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変な考えが頭に浮かんだ。もしウェス・アンダーソンが『ヒミズ』を撮ったなら、と考えた。いや、大人たちに失望した少年と少女が絶望的な現状に立ち向かう、というお題を彼が撮ったら、と言うべきか。すると『ムーンライズ・キングダム』が出来上がる。そんな馬鹿みたいな想像をした。

『ムーンライズ・キングダム』エドワード・ノートン インタビュー

1965年、アメリカ東部の小さな島で12歳の少年と少女が駆け落ちする。ボーイスカウトのキャンプから脱走したサムは里親からも見放された変わり者で、彼と“愛の逃避行”を決行するスージーは海辺の家で両親と3人の弟と暮らしていた。周囲と馴染まない孤高の2人の運命的な出会いが、親やボーイスカウトのリーダー、警察、福祉局、それに子どもたちも巻き込む大騒動となっていく。

『ライフ・アクアティック』、『ダージリン急行』、『ファンタスティック Mr.FOX』など、独特の美意識が利いた映画を作り続けてきたアンダーソンは今回も徹底的に“世界”を構築。全長26kmの小さな島という舞台の隅々まで作り込んだ美術は精巧なジオラマを思わせる。スージーたちの家は子どものサイズに合わせたかのようで、父親役のビル・マーレイが立つとやたら天井が低く見えて、ドールハウスっぽさを醸し出すのも面白い。

ノーマン・ロックウェルの絵画が動き出したような映像のなかに置かれた登場人物たちは妙に現実的だ。子どもたちに対して立派なことを言いながらも後ろ暗いところもあり、にも関わらず世間体やルールに縛られて思考停止気味の大人たち。いがみ合っていたはずが、大人への疑問や反発から一致団結する子どもたち。だが、大人対子どもの対立の構図からはみ出す者も当然、双方から出て来る。大人にへつらう子どもも、また引き合いに出してしまうが、『ヒミズ』のでんでんみたいな大人もいる。

とび抜けて美しいわけでもない少年と少女が自意識と戦いながら繰り広げるナイーブな初恋は、心と体のバランスがぐらつく様子も描写する。おとぎ話のような風景のなかに不器用な人間の有り様がふいに差し込まれる。その揺さぶりが快感だ。向こう見ずな2人のラブストーリーから、追跡劇、嵐に襲われるディザースター映画、と劇的に次々と表情を変えていくのも魅力的。

主役2人は共にこれが映画初出演のジャレッド・ギルマンとカーラ・ヘイワード。その脇を、アンダーソン作品常連のマーレイ、ジェイソン・シュワルツマンをはじめ、ブルース・ウィリス、エドワード・ノートン、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントンといった豪華な顔ぶれが固める。

行動のすべてに希望がある少年少女、諦観に支配される大人。未熟と成熟、そのどちらも厄介であると同時に不可欠なものだと思わせる、愛らしくて深い作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ムーンライズ・キングダム』は2月8日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開される。

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