「格差社会」という言葉が連日のようにメディアを賑わす日本。映画界も例外ではなく、大手映画配給会社が手がける一部の作品が大ヒットする一方で、中堅や、さらに小規模の独立系映画会社が苦戦を強いられる二極化の傾向が強まっている。また、興行面でもシネコンが台頭する中、1990年代に一世を風靡した単館系の映画館や、シネコン以外の地方の映画館は、かつての輝きを失いつつある。
そうした中、昨年12月に発表されたのが、東京テアトル(以下、テアトル)と日活との業務提携だ。テアトルは、銀座テアトルシネマ、シネセゾン渋谷、テアトル新宿などの映画館をはじめ、9館16スクリーンを有するインディペンデント系の雄。ほかにも、ホテル西洋銀座の経営など、ホテルや不動産事業を手がけている。対する日活は映画の製作・配給や撮影所で有名だが、映画館も5館19スクリーンを有している。今回の提携は、その日活が持つ映画館を、今年4月より3年間、テアトルが運営するといった内容であった。
これによって運営劇場数が、15館35スクリーン(現在は14館35スクリーン)体制にスケールアップしたテアトル。提携の狙いはどこにあるのか? その舞台裏から映画界全般についてまで、同社の取締役映画事業本部長・太田和宏氏に語ってもらった。
興行のシェア拡大で、配給との相乗効果狙う
「そもそも日活さんとの関係は、数年前までさかのぼります。弊社は一時期セゾングループに属していたのですが、その解散に伴い、一時、株が市場に出回ってしまった。そこで、安定経営をはかるため、お取引のある会社をまわって、株をお持ちいただけないかとお話しをさせていただきました。そのとき、日活さんにも株をお持ちいただき、せっかくなので、何か事業提携でもという話が出ました」
その後、日活も体制が変わる中で、ディスカッションを重ねるようになり、たどり着いたのが今回の提携話。
「簡単に言えば、我々は興行からスタートしている会社なので、興行を核にしていきたいと思っていて、日活さんは、映画製作を核にした、川上の事業にシフトしていきたいとお考えでした。両者の思惑が一致したわけです」
テアトルの狙いの1つは、興行のシェア拡大だ。テアトルの映画館は全9館中、大阪にあるテアトル梅田を除くと、すべて関東圏にある。これに対し日活は、5館中3館が、梅田、神戸、博多と地方にある。
「とりわけ関西地区は、シネリーブル梅田とシネリーブル神戸があるので強くなるなと思いました。関西地区が強くなれば、うちの番組編成力も強くなります。また、同時に配給事業の基盤を築きたいとの思いもありました。興行のシェアが拡大すれば、うちの配給部門にとってもメリットとなる。相乗効果を期待できるわけです。実際、関西地区の映画館もブッキングできるようになったことで、配給のオファーはすごく増えています」
ここで簡単に「配給」について補足しておこう。「戦時中でもないのに、なぜ配給?」と思っている方もいるかもしれない。一般に映画配給会社の仕事は、映画を仕入れて(買付)、それを映画館に卸す(貸出)ことが中心だ。もちろん、映画をヒットさせるための(宣伝)も大切な仕事に含まれる。こう書くと、とてもシンプルな構図だが、実際には観客を呼べる上質な作品を確保するために、1つでも多くの映画館をブッキングする力が配給会社に求められる。
話を戻そう。テアトルもかつて、“観客を呼べる”作品を求めて勝負に出たことがあった。それはシネコンが増加し、単館拡大という公開方法が登場した頃の話だ。
「単館拡大が増えると、ある規模のスクリーン数を確保していない限り、自社の映画館で上質な作品をかけられなくなるのではという危機感があった。それゆえに、当時番組編成を担当していたスタッフが、銀座、渋谷、新宿という都内3館を用意するので、代わりにいい作品をかけてくださいという戦略に打って出たんです。ところが、これがすべて失敗に終わり、多大な損失が出た」
失敗の原因は作品力にあった。膨大な作品群の中で埋没しないためには、多額の宣伝費をかけられる映画、すなわち、メジャー系が大事だと考え、メジャーに話を持って行ったのだ。だが、現実は甘くなく、メジャーから出てきたのは、メジャーにとってはAロード(大規模作品)ではない作品であった。
「ただ、これは正しい失敗だったと僕は思っています。作品が量産され、スクリーン数が増える中で、あの時点では正しい選択でした。今も我々としては、興行網を増やすことが競合に負けないためにも重要だと考えています」
だからといって、日活との提携によりスクリーン数が増えた今、以前と同じように、同じ映画を東京の2〜3館で上映することは考えていない。もっと大事なことを見つけたからだ。
「編成スタッフには原点に帰れと言っています。我々の強みはやはり、単館系で丁寧に映画を売っていくこと。2館も3館も開けるから、いい映画をかけてくださいという考えではなく、例えば渋谷が他社の映画館、新宿がテアトル新宿という公開スタイルでも構わない。大事なのはそのときに、テアトル新宿の集客力が、他社の映画館に負けないことなんです」
インディペンデント系洋画が復活の兆し
映画館にはそれぞれ、培ってきたカラーがある。テアトルの都内3館で言えば、銀座テアトルシネマはヨーロッパのアート系映画を中心に上映し、対象はシニア層。シネセゾン渋谷はF1層(20〜34歳の女性)をターゲットにした作品。テアトル新宿なら邦画といった具合だ。単館拡大が主流となり、映画界全体が規模拡大に走る中、太田氏は原点に帰り、映画館1つひとつが持つ潜在的な力を高めることで、インディペンデントとしての力を発揮していこうと考えている。実際、最近になって単館系の洋画市場には、ある変化が訪れていると言う。
「洋画がダメと言われる中で、しぶとく当てている映画が出始めているんです。銀座テアトルシネマで今年5月に公開となった『夏時間の庭』や、7月公開の『湖のほとりで』がそうですね。共通しているのは、あまり公開規模を広げていない点。いわゆる単館拡大という方法をとっていないんです」
『夏時間の庭』はフランス映画、『湖のほとりで』はイタリア映画だ。共に1館あたりの数字が3000万円を超える成績。150席規模の劇場でこの数字は、中々出せるものではない。「こうした傾向が出始めたのは、去年くらいから」と太田氏。「特に有楽町・銀座地区は、シニア層を対象にした映画館であることからこの傾向が強く、平日も足を運んでくれるのが強みです」。
また、インディペンデント系の邦画にも変化が見られる。
「ここ数年、邦画は、宣伝費を5000〜6000万円つぎ込み、単館拡大していく作品が増えています。ですが、そうした映画が当たらないことがわかってきたので、最近では規模をもう少し限定しようという考え方が出てきています。先ほどお話しした洋画同様、今後は邦画でも公開規模を限定し、まずはメイン館でじっくりと数字を稼ぎ、あとからオファーを待つ方法で成績を残す作品が増えていくと思っています」
人口が減り、少子高齢化が進む日本。映画人口もこれから、徐々に減っていくと目されている。現状を見る限り、映画界の未来は決して明るいとは言い切れない状態だ。そうした中、太田氏が掲げるテーマが“映画ファンの創造”。これを実現させるためには2つの使命を果たす必要があると話す。
「1つは、現状の映画ファンを引きつけて止まないような企画を送り続けることです。推計になりますが、映画人口は約3000万人。そのうち、シネフィルと呼ばれるようなコアな映画ファンは約1000万人と考えています。つまり、コアな映画ファン1000万人と、たまに映画を見に行く2000万人で支えられているのが映画界の構造なんですね。我々としては、この1000万人の映画ファンを確実に維持できるような編成戦略をしていきたいと考えています。
スタッフにはよく、作品の連続性、企画の連続性という話をするのですが、映画の場合、今、見ている人が、実は次の顧客に一番近い顧客なんです。そこで重要になってくるのが予告編戦略や、一貫性のある作品選び。同じ観客に何回もリピートしていただき、映画館のファンを増やしていくわけです。また、時には特集上映などを開催し、過去の名作に触れてもらう機会を作って、ファンを開拓していくことも大切です」
2つ目の使命として上げたのが“作家の創造”だ。
「作家性の高い作品は、多少数字が悪くても、続けて後押ししていきたいと思っています。映画作家をきちんと育成できる構造がないと、映画ファンも育っていかなくなってしまう」
では今後、単館映画や、それに関わる企業は生き残っていけるのであろうか?
「観客は今、作品の質で選ぶようになってきているので、どんなに宣伝費をかけても、面白そうだと思わない作品には足を運ばなくなってきている。つまり、映画のヒットは宣伝の量で決まるのではなく、作品の質と、その質をしっかりと伝える宣伝にかかっている。そういう良質な作品を配給したり製作している会社は、この先も、生き残っていくと思いますよ」
(テキスト:安部偲)
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