【週末シネマ】恋という罠、人生という謎を考えさせる豊かな味わいのミステリー
『鑑定士と顔のない依頼人』
『ニュー・シネマ・パラダイス』、『海の上のピアニスト』のジュゼッペ・トルナトーレ監督の新作。映画や音楽に身を捧げる男が、その芸術の追究と異性への愛や憧憬を重ねていくという流れは、美術品を扱うオークショニアが主人公の本作にも受け継がれている。
・【週末シネマ】荒唐無稽の連続だが、そこで描かれる侍の魂のありようは意外にも正統的/ 『47RONIN』
高級レストランで特別に誂えた専用の食器で一人飯、ホテルのスイートのような豪邸の隠し部屋に長年かけて蒐集した女性の肖像画を壁に貼りめぐらせる。絵に描いたような独身貴族のまま、老境にさしかかった凄腕のオークショニアが、とある資産家の遺産鑑定の依頼を受けるところから物語は始まる。
約束の時間に現れない依頼人に苛立ちながら、広い屋敷内に雑然と並べられた美術品をチェックしていく主人公・ヴァージルは、床に転がっていたある物が歴史的美術品の欠片ではないかと推察。半ば嫌々始めた鑑定への意欲が一気に増す。
かたくなに姿を隠し続ける依頼人とのコンタクトは電話のみ。美しい芸術を伴侶としてきた人嫌いの年老いた男が、謎めいた妙齢の女性との接触から思いも寄らぬ人生の転換を経験するミステリーであり、恋愛物語でもある。
美術品の真贋を見極める鋭い感覚を持つ神経質で誇り高い男が、姿を見せない依頼人に振り回されていく。なぜ姿を見せないのか、どんな人間なのか、そもそもなぜ鑑定を依頼したのか。ヴァージルが好奇心を募らせるにつれて、依頼人・クレアは少しずつ謎を明かし、両者の距離は縮まっていく。恋を知らずに生きてきた老人と怖がりな若い女の交流は見ていて恥ずかしいくらいロマンティックだ。クレアはヴァージルが何かするたびに逆上し、「今すぐ出て行って!」とキレては「行かないで!」を繰り返すツンデレの典型。相手の気を惹きたがる面倒くさい女にしか見えないが、免疫のない男はイチコロだ。仕事もおろそかになって、彼の世界は彼女を中心に回り始める。
「恋しているときは、誰もがまず自分を欺き、他人を欺くことで終わるのが常である。これが世に言うロマンスだ」という、オスカー・ワイルドの小説「ドリアン・グレイの肖像」の一節を思い出す。謎がひとつ投げかけられ、それを解く鍵がえも言われぬタイミングで差し出される。疑うことが仕事のような男が、すべてを鵜呑みにする。我を忘れる恋の恐ろしさを仏頂面のジェフリー・ラッシュが演じる。少年のように恥じらい、うろたえ、のたうち回る姿は滑稽であり、悲哀に満ち、胸がしめつけられるような名演だ。
広場恐怖症、機械人形(オートマタ)、贋作、オークション運営のからくり、屋敷の向かいのバー。自分を取り囲むものの何を信じるのか、何が信じられるのか。恋という罠、人生という謎を考えさせる豊かな味わいのミステリー。(文:冨永由紀/映画ライター)
『鑑定士と顔のない依頼人』は12月13日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開中。
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