『小さいおうち』
山田洋次の映画といえば大体こんな感じだろう、と予測しがちだ。特別ではない、どこにでもいる市井の人が苦しみや悲しみを押し殺して、それが当たり前のようにひたむきに生きる。ある種、優等生のような特別な主人公の物語。これまでの大半の作品についてはそんな印象を抱いていた。だが、『小さいおうち』は、そういう風に生きなければと思いながら、感情に流されていく人間の姿が生々しい。
昭和初期の東京郊外に建つ赤い屋根の家が舞台だ。東北から奉公に来たタキ(黒木華)は、きれいで明るくて優しい奥様の時子(松たか子)に仕え、玩具会社に勤める一家の主・雅樹(片岡孝太郎)と1人息子(市川福太郎)らの世話をかいがいしくしている。気だてのいいタキと愛情あふれる家族。絵に描いたような幸せな日々は、雅樹の会社に勤める青年・板倉(吉岡秀隆)の登場で少しずつ変化していく。
坂の上の小さなおうちで起きた恋愛事件のてん末を、タキが老後に綴ったノートを発見した親戚の青年(妻夫木聡)が読み進めるという形で物語は展開する。妻夫木は観客と同じ視点から、昭和初期の日本人の暮らしぶりや、生涯独身を貫いたタキの半生を興味津々に探っていく。そこに描かれるのは、共に惹かれ合い、閉塞感が漂い始めた世間の目を気にすることも忘れた時子と板倉の振舞いだった。
ウェーブを少しかけたまとめ髪に着物姿の時子を演じる松たか子の色っぽいこと。凛とした表情に感情の揺れが浮かび上がる瞬間はぞくっとするほど美しい。黒木華は、時子に憧れを抱きながら、糸の切れた凧のような彼女をはらはらしながら見守るタキの健気さと複雑な心情を見事に演じている。個人的には雅樹役の片岡孝太郎に見入った。目立つ芝居はしないが、台詞の調子や何気ない身のこなしなどが、まるで戦前の映画から抜け出してきたように当時の日本男性らしい。彼をはじめとする脇を固める俳優の的確さも見どころだ。
時代のうねりに巻き込まれ、自由が踏みつぶされていく過程を、艶めく美しさを通して描く。今までにない表情を見せる最新作で、山田は近年の作品と同様に、現代社会への警鐘を鳴らすことも忘れていない。中島京子の直木賞受賞作である原作の大枠に沿いながら、細部に映画独自の解釈が見受けられる。倍賞千恵子が演じる老後のタキの絞り出すような一言に、山田の『母べえ』(07年)で吉永小百合扮するヒロインの今際の際の言葉を思い出した。わざわざはっきりと台詞にする。言いたいこと、したかったことを呑み込んだ後悔をそこに強く感じるのだ。くどさすれすれのその表現に、むしろ強く胸を打たれた。(文:冨永由紀/映画ライター)
『小さいおうち』は1月25日より全国公開中。
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