佐藤泰志原作の同名小説を綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉という旬の俳優を起用して映画化した『そこのみにて光輝く』。刹那的に生きる主人公・達夫と社会の底辺で生きる女・千夏の恋愛を主軸に、危うさを持つ千夏の弟・拓児たちを絡めて描く人間ドラマだ。芥川賞や三島由紀夫賞など名だたる文学賞の候補となりながらも受賞を逃し、41歳で自死した函館出身の不遇の作家・佐藤泰志の唯一の長編を映画化した本作の企画・製作者である菅原和博氏に話を聞いた。
・【元ネタ比較!】死後20年を経て再評価が進む佐藤泰志『そこのみにて光輝く』をみごとに映画化/前編
菅原氏は同作家の初の映画化作品である2010年の『海炭市叙景』の製作を手がけ、この作品のヒットにより佐藤泰志原作小説の再刊が相次いで再注目されることとなったため、言わば佐藤泰志再ブームの火付け役と言える人物だ。
佐藤泰志の「海炭市叙景」は1991年に発刊された小説だが、菅原氏は2008年頃に知人から薦められた「佐藤泰志作品集」で作品群と出会った。非常に魅せられたものの、当初は邦画のインディペンデント作品の成功が困難であることはわかっていたため、製作しようとは思わなかったそうだ。菅原氏は函館で「シネマアイリス」という映画館の館長を長年にわたりつとめているため、その辺りの事情は嫌というほど見てきている。しかし、新しい形で地方発信の映画も作れるのではないかと思うようになり、函館市民の手で募金活動も行われて『海炭市叙景』の映画化は実現に至った。風光明媚な美化されたいわゆるご当地映画ではなく、影の部分も描かれた市井の人々のドラマは国内外で高い評価を得て、全国約60館で公開され、興収約5000万円と成功を果たした。
「そこのみにて光輝く」の映画化だが、実は菅原氏は『海炭市叙景』を製作する時点で視野に入れていた。短編集である「海炭市叙景」よりも人間像が深く描かれていて、70年代のアメリカン・ニューシネマや神代辰巳の映画のようだと感じていたそうだ。しかし、町をあげて映画化するには、スケッチ的で町の匂いが感じられる「海炭市叙景」のほうが向いていると思い、「海炭市〜」を映画化。そして『海炭市叙景』公開後に「そこのみにて光輝く」の映画化も動き始めた。
企画に手をつけた当初は『海灰市叙景』が作品的にも興行的にも成功を収めていたためスムーズに行くであろうと思われていた。しかし、それは甘かった。ポジティブな内容ではない文学作品の映画化に資金を出そうというところがなかなか見つからなかったのだ。プロデューサーの星野秀樹氏と菅原氏は大手から小さな映画会社まで当たったが、いい返事がもらえることはなかった。この企画は幻で終わるのかと、何度もくじけそうになったという。中編へ続く(文:入江奈々/ライター)
『そこのみにて光輝く』はテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中。
・中編/映画化が相次ぎ脚光を浴びる作家・佐藤泰志、ブームの火付け役が語る苦難の道
・後編/映画化が相次ぎ脚光を浴びる作家・佐藤泰志、ブームの火付け役が語る苦難の道
●菅原和博
1956年3月3日生まれ、北海道旭川市出身。喫茶店経営の傍ら、1983年に自主上映グループ「アイリス・イン」を結成。1996年、市民の協力を得て「函館市民映画館 シネマアイリス」を開業する。2010年、佐藤泰志原作による『海炭市叙景』を企画・製作し、製作実行委員会も代表もつとめ、同作は国内外で高い評価を受け、劇場ヒットを記録した。
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