もう人間国宝というか、世界遺産みたいな人なんだなぁと。5月16日の再来日、ウィルス性炎症による初日の国立競技場公演延期、その後のまさかの全公演中止という流れをツイッターのタイムラインで追いながら、ポール・マッカートニーについてそんなことを考えていた。「延期ィィィー!? でもとりあえず国立向かう!」「やっぱ今日も中止……でも家に帰りたくない」「ポール心配すぎてオレまで腹イタ」「退院&出国。嬉しいけど寂しい!」「離日後の写真見た!元気そうでヨカタ。。早く戻って来て!」などなど。とにかくポール愛に溢れたツイートばかり。僕は今回も昨年の11月もチケットを手に入れることができなかったが、それでもワイドショーで公演中止の無念を滔々と語る藤田朋子さんに「うんうん、分かるよ……」と声をかけたくなるくらい、空しいものが込み上げた。
・[動画]「レット・イット・ビー」を弾き語るポールが見られる『ニューヨーク・アニバーサリーライブ』予告編
一方で、「やっぱそうなるかぁ〜」「ポールの日本公演、中止多すぎ!」なんて声もちらほら。確かにポールの来日公演は、これまでも延期&中止騒動がたびたびあった。1975年に予定されていたウイングスとしての初来日&武道館公演はビザ取り消しのため中止。改めて初来日となるはずだった1980年は大麻不法所持容疑により空港で本人が逮捕され、武道館を含む全公演が中止(9日間の拘置のあと強制送還)。1990年についにソロとして日本の地を踏むも、その直前に行なわれていたアメリカツアーで崩した体調が全快せず、東京ドームでの全7公演のうち1公演が中止となった。その後行なわれたドームツアー3回ーー1993年と2002年、そして記憶に新しい2013年については、問題なく日程がこなされている。
昨年11月からわずか半年という短いインターバルで行なわれることになった今回の再来日公演。「これが最後かも」という思いでチケット争奪に挑んだ人も多かっただろうし、公演スケジュールに武道館が追加されたことも古くからのファンを喜ばせたに違いない。なんせ1966年のビートルズとしての来日以来、武道館公演はことごとく中止となってきたわけだから、実現していれば新たな伝説が生まれていたことは間違いない。
この再来日に合わせる形で、ライブ・ビューイング『ニューヨーク・アニバーサリー・ライヴ』の上映が全国でスタートした。これはニューヨーク・シティ誕生350年を記念して企画されたシリーズで、ポール・マッカートニー、ビリー・ジョエル、サイモン&ガーファンクル、ボン・ジョヴィという4組のアーティストによる、かの地での歴史的なライヴが順に上映されるというもの。ポールの『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ』はその最初の作品として現在公開中(6月20日まで)だが、すでにDVD化されている作品であるにもかかわらず、連日満席の盛況ぶりだとか。今回の公演中止による“ポールロス”の埋め合わせに足を運ぶ人も少なくないのだろう。一部の上映館に設置されたポールへの応援メッセージボードは、3世代に渡るファンからのメッセージでびっしり埋め尽くされたという。いつかの振替公演の実現に向けて、その声が本人に届くことを切に願うばかりだ。
ポールに限らず、今年は海外ベテランアーティストの来日が例年になく続いている。1月のベンチャーズに始まり、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、ビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソンらが参加したオリジナル・ラインナップではない)、ジェフ・ベック、ディープ・パープル、バート・バカラックなどなど。そのほとんどは70歳前後の「アラセブ」世代。アラサーやアラフォーなんて軽く飛び越え、日本では“古希”と呼ばれる年頃だ。主だった人とその年齢を挙げてみると、ポール・マッカートニー=71歳、ミック・ジャガー=70歳、エリック・クラプトン=69歳、ボブ・ディラン=73歳、ジェフ・ベック=69歳、となる。ちなみに最高齢はバート・バカラックの86歳! 同じ1928年生まれの有名人には、スタンリー・キューブリックやセルジュ・ゲンズブール、キャノンボール・アダレイ、手塚治虫、渥美清らがいる。言うまでもなく全員が故人である。そう書けば、86歳のバート・バカラックがステージでピアノを弾いたり歌うことがどれほどすごいことか分かってもらえるだろうか。
とにかくここ数年、60年代のロック/ポップスを牽引した「アラセブ」以上のベテラン勢が元気なのだ。彼らはスタジアム級の会場で世界中をツアーして回るだけでなく、充実したオリジナルアルバムをコンスタントに発表し続けていたりもする。
音楽評論家の中山康樹による『ミック・ジャガーは60歳で何を歌ったか』(幻冬舎新書)と『愛と勇気のロック50〜ベテラン・ロッカーの「新作」名盤を聴け!』(小学館文庫)の2冊は、そのあたりの事情が考察された著作。いずれも2009年の刊行当時にアラカン(還暦)、もしくはアラセブにさしかかった老スターとその近作をピックアップしたもので、過去の栄光ばかりが取り沙汰される彼らの“現在の姿”にフォーカスしている。先ほど名前の出た人たちもけっこう取り上げられているが、たとえばポールだったら2005年のソロ『ケイオス・アンド・クリエーション・イン・バックヤード』や2008年のファイヤーマン名義による『エレクトリック・アーギュメンツ』の素晴らしさに触れつつ、2007年のソロ『メモリー・オールモスト・フル』の精彩を欠いた内容すら受け入れることが“ポール・マッカートニーの音楽を聴き続けること”の意味だとしている。
この意見には僕も大いに頷ける。これまでの輝かしい実績だけでなく、なかったことにしたい出来事も全部ひっくるめて前進していこうとする力強さは、先ほど挙げた「アラセブ」世代のアーティスト全員に共通している。どこへ行ってもビートルズの曲を求められるポールが昨年、71歳にして『NEW』というタイトルのアルバムを作り、これまでにないアプローチにもトライしているという事実は、もっと多くの人に評価されてもいいはず。ロックの滋味に溢れる“老後”をたっぷり楽しめる好盤に仕上がっている。
……と、ここまで書いてきたところで「ポール、米ツアーも延期」というニュースが入ってきた。いまの段階では何も言うことができないので、とりあえず『ニューヨーク・アニバーサリー・ライヴ』でも見に行って、ポールの早い回復を祈るしかない。心のBGMにはビートルズの「ゲッティング・ベター」ではなく、あえてオアシスの「イッツ・ゲッティン・ベター(マン!!)」を……。(文:伊藤隆剛/ライター)
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