久々の音楽映画をリラックスして楽しんだイーストウッド監督
(…前編より続く)フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズの音楽的なブレーンは、看板ヴォーカリストであるヴァリのほかに2人いる。ボブ・ゴーディオとボブ・クルーだ。ボブ・ゴーディオは、フォー・シーズンズのオリジナル・メンバーにして大半のヒット曲を手がけたソングライター。本作にも音楽監督/エグゼクティヴ・プロデューサーとして関わっており、ミュージカル版と映画版両方の実現に大きく貢献している(フランキー・ヴァリもエグゼクティヴ・プロデューサーとしてクレジットされている)。そしてボブ・クルーはグループのプロデューサーであり、ゴーディオと多くの楽曲を共作している(おもに担当は作詞)。劇中、かなり個性の強い人物として描かれているが、「スタジオが火事に巻き込まれているのに、最高のテイクを録るためにテープを回し続けた」なんてエピソードが残っているくらいだから、実際かなり変わった人なのだろう。
ビートルズの関係性に無理矢理当てはめるなら、ヴァリとゴーディオがジョン・レノンとポール・マッカートニー、クルーがプロデューサーのジョージ・マーティン、そして残り2人のフォー・シーズンズのメンバー(トミー・デヴィートとニック・マッシ)がジョージ・ハリスンとリンゴ・スターといったところか。実話を忠実に描くならアレンジャーのチャーリー・カレロの存在も無視できないし、ヴァリとゴーディオ以外のメンバーは黄金期以降流動的だったりするのだが、本作ではそういった事実を省略したり時系列を組み換えることで物語をシンプルかつドラマチックに仕立て直している。
劇中歌は、基本的にはキャストが歌ったものが使用されている。なかでも先述の通り、ヴァリ役のジョン・ロイド・ヤングの歌は抜群に上手い。地声で歌ってもファルセットで歌ってもその個性が際立つという点で、ヴァリと同じ流れを汲む歌い手と言っていいだろう。映画ではところどころにヴァリのソロ曲やフォー・シーズンズのオリジナル音源も挟まれるのだが、それらともまったく違和感なく共存している。
どのシーンでどの曲を使うかは、音楽監督のボブ・ゴーディオによる采配だろうか。だとすると、さすが当事者だけあって秀逸だと思う。リリースされた順序とは関係なく、そのシーンに相応しい曲を充てがっている。映画公開に先立ってリリースされたサウンドトラックCDを聴くと、その丁寧な仕事ぶりがよりよく感じられる。たとえば67年のヒット曲「Beggin’」は、ヴァリによるオリジナルとジョン・ロイド・ヤングによる新録音、それにミュージカル版のキャストの歌うヴァージョンをつなぎ合わせてひとつの曲にミックスしたものが収録されている。聴くだけで映画を追体験でき、新旧のファンそれぞれに違う楽しみ方のできるアルバムになっているので、こちたのサントラ盤も一枚手元に置いて損はない。
映像面では、イーストウッド監督ならではのマニアックな小ネタが散りばめられていることが嬉しい。熱心なアメリカン・ポップス・ファンなら、“ブリル・ビルディング”にヴァリとゴーディオが曲を売り込みに行くシーンや「エド・サリヴァン・ショー」の出演シーンで思わず画面ににじり寄ってしまうかもしれない。社会派でシリアスな作風が多く、しかも自身の映画では作曲まで手がけてしまうことも多いイーストウッド監督が、ここでは監督/プロデューサーに徹してフォー・シーズンズの音楽をどこか客観的に楽しんでいる雰囲気が感じられる。実の息子でジャズ・ベーシストのカイル・イーストウッドの名前もエンドロールで見つけることができるし、久々の音楽映画をとてもリラックスして作り上げたようだ。あのベテラン俳優、クリストファー・ウォーケンのラストシーンでの意外なキレッキレぶりも、その表れかもしれない。
日本での過小評価ぶりを物語るエピソードとは?
最後にフランキー・ヴァリとボブ・ゴーディオ、ボブ・クルー3名の近況を。フランキー・ヴァリは今年の1月にひっそりと初来日を果たし、東京で1日だけコンサートを開いている。もともと昨年9月の予定だった来日公演だが、映画『ジャージー・ボーイズ』にがっつり関わるために延期されたのだとか。本国ではいまでも大会場を軒並みソールドアウトにするレジェンドだけに、東京のみ1公演というのはえらく寂しく感じられる。これもまた日本での過小評価ぶりを物語る一件だが、来日に合わせて60〜70年代主要ソロ作品が何枚か日本初CD化されたのは嬉しいオマケだった。
ボブ・ゴーディオは、そのキャリアを総括した作品集『Audio with a G -Sounds of a Jersey Boy-』を発売したばかり。フォー・シーズンズやフランキー・ヴァリのソロ曲はもちろん、フランク・シナトラやダイアナ・ロス、ロバータ・フラックなどに提供した楽曲を集めた2枚組CDだ。個人的には同じイタロ・アメリカンの大先輩であるシナトラとのコラボ作品の数々が印象深く、アルバム単位で言えば、作曲とプロデュースを手がけた1970年の『Watertown』は、いまこそ聴き返したコンセプト・アルバムの傑作だと思っていたりする。
そしてボブ・クルーは、つい2週間ほど前の9月11日、米メイン州の老人ホームで亡くなった。享年83歳。この『ジャージー・ボーイズ』は本国では6月に公開されているが、彼は本作をどんな思いで見たのだろうか。彼がボブ・クルー・ジェネレーション名義でリリースした2枚のアルバム『Motivation』『Street Talk』もタワーレコード限定ながら再発されている。彼らの音楽が『ジャージー・ボーイズ』の公開とともに日本でも注目されることを期待するばかりだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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