今日から公開が始まるラース・フォン・トリアー監督の『ニンフォマニアック Vol.1』は、2009年の『アンチクライスト』、2011年の『メランコリア』に続いての起用となるシャルロット・ゲンズブールがタイトル通り“ニンフォマニアック=色情症”の女性を演じている。その設定だけで前2作に引けをとらない話題性を持ち、公開前から「芸術か? ただのポルノか?」的な議論が絶えない作品になっている。全8章で構成され、この『Vol.1』は第1章から第5章、11月に公開される『Vol.2』は第6章から第8章と分けられている。少女時代から20代までのジョー(シャルロット)は、新人のステイシー・マーティンが演じているが、語り部は50歳になった現在のジョーだ。
公開前の触れ込みでは、トリアー監督“鬱3部作・完結編”なんて文句が踊っているが、この『ニンフォマニアック』は『アンチクライスト』や『メランコリア』ほど鬱々とした作品ではない。路上で倒れているジョーを独身の中年男性が保護して家に連れて帰り、ここへ至るまでの彼女の驚異的な性遍歴に耳を傾けるところから始まる本作は、その物々しさからケネス・ブラナー監督・主演の『フランケンシュタイン』のようでもあり、ジョーの性欲がモンスター級であることを見る者にあらかじめ印象づける。ただし、あの手この手で自分の欲求を満たそうとするジョーの行為はどちらかと言えば躁的な衝動によるものだし、そこにはある種の滑稽さすら滲み出ている。色情症ゆえの病理的な側面はさほどクローズアップされず、ただひたすらセックスに貪欲な女性として描いている節があるので、『アンチクライスト』や『メランコリア』ほどの暗さはない。とは言え、結末には例によって茫然とさせられるような展開が用意されていたりするのだが。
ビョーク主演のミュージカル『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を撮っているくらいだから、トリアー監督の作品と音楽の結びつきは深いように思えるが、『ダンサー』を含めたどの作品にも共通して見られるのは、“音楽を無駄に使わない”というスタンスだ。たとえば『ニンフォマニアック』と同じように章立ての構成になっている『奇跡の海』では、各章のアタマにエルトン・ジョンやプロコル・ハルム、デヴィッド・ボウイらの70年代ロックが象徴的に据えられ、本編にはほとんど音楽が使われていない。本作にもそれに通じるものがあって、特にステッペンウルフの「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド(ワイルドでいこう!)」やトーキング・ヘッズの「バーニング・ダウン・ザ・ハウス」の使い方は鮮烈。あまりに直截的と言うか、“そのまんま”な選曲に笑ってしまう向きもあるかもしれないが、そんなベタさはある種の安心感にもつながっている。
ジョーの話の聞き手であるセリグマン(トリアー監督作品ではお馴染みのステラン・スカルスガルドが演じている)がクラシック音楽に該博な知識を持つ人物という設定もあって、ショスタコーヴィチのワルツや、フランクのヴァイオリン・ソナタなどが劇中で使われているし、セリグマンがジョーと男たちの関係をバッハやパレストリーナの音楽におけるポリフォニーに喩えて話すくだりもある。ジョーの経験を、自分が聴いた音楽や読んだ書物に準えて次々にカテゴライズしていくセリグマンは、彼女の人生を“翻訳”して見る者に伝える通訳者のような役割を担っているのだが、そこでの芸術的な肉付けは本作を単なるハードコア・ポルノたらしめていない要素のひとつかもしれない。(…後編へ続く)(文:伊藤隆剛/ライター)
『ニンフォマニアック Vol.1』は10月11日より公開中。『ニンフォマニアック Vol.2』は11月1日より公開される。
・芸術か猥褻か。映像も音も刺激的な『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』/後編
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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