1989年の監督デビュー作『ロジャー&ミー』でGM会長にアポなし突撃取材をして以来、アメリカの問題点を次々と取り上げてきたドキュメンタリー監督、マイケル・ムーア。『ボウリング・フォー・コロンバイン』で銃社会を、『シッコ』で医療保険を俎上にあげた彼の最新作が、金融資本主義に斬り込んだ『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』。その公開を目前に控え、ムーア監督が初来日。11月30日に、資本主義の牙城ともいうべき東京証券取引所(東証)で、映画としては初となる記者会見を行った。
[動画]マイケル・ムーア監督が資本主義の牙城・東証で記者会見!
ニコニコと柔和な笑顔を浮かべて現れた、身長191cm、タテヨコ共にかなり大柄な監督。トレードマークのキャップに、いつもと変わらぬカジュアルスタイル……と思いきや、いきなり「私がなぜこういう格好をしているか説明させて」と切り出した。昨夜、入国したものの、なんとロストバゲージとなってしまったそうで、機内で着用していたパジャマ代わりのTシャツの他に着るものがなく、「相撲の力士の方々が行かれるお店があると聞き、そこで買ってきました」と明かし、「こんな格好で失礼します」と恐縮していた。記者席からどの航空会社か聞かれると、「日本の航空会社のひとつで、Jから始まりLで終わるほうです」と苦笑い。経営再建問題に揺れるJALとしては、大事な時期にミソをつけた形となってしまった。
「私は、ニューヨークの証券取引所には、入ることすら許されていません。いろいろな作品で撮影許可をもらおうと思いましたがダメで、アメリカの大手新聞社が、ムーアと一緒に取材をするので入らせてくれと言ってくれたこともありましたが、それも却下されました」と監督。「だから、今朝、東証で会見すると言われた時は冗談かと思ったけれど、何の問題もなくスンナリ入れて驚きました」と、初体験ずくしの来日に喜んでいる様子だった。
映画の終盤で監督は、ウォール街に突撃してあることをするのだが、字幕監修を務め、この日の前説にも登場した森永卓郎曰く、「日本で同じことをしたら100%逮捕されます」。監督自身も撮影中は内心ドキドキだったそうで、ついに警察官が近づいてきた時は「これでとうとう逮捕されてしまうんだろうと覚悟を決めた」。だが、「すぐに終わりますから」と警官に言ったところ、彼は「好きなだけやってください! ここはニューヨークの警官たちの年金を10億ドル分も損させたんだから!!」と言い、撮影を続行できたというウラ話を教えてくれた。
監督の作品はどれも、誰にでも共感できる素朴な疑問から始まるが、今回、日本に入国した際にも素朴な疑問を感じる出来事があったという。
「今年、55歳になるのですが、今まで指紋をとられたことは一度もありません。どういう犯罪を犯せばいいかが分からなかったからなのですが(笑)……。でも残念ながら昨日、入国時に指紋捺印するよう言われました。なので、率直な疑問として『どうしてですか?』と聞いたところ係官は答えられず、すぐに上司の方がやって来て別室に連れて行かれました。
そこで私は、指紋を理由なくとられることは心外だし、自分を守る権利があると思うと言ったのですが、もう1人,
エラそうな上司の方もいらして、『任意で指紋押捺するか、国外退去のどちらかです』と。さらに、国外退去の時には強制的に指紋をとられるそうで、どっちみち指紋をとられてしまう……。
でも、外国の方がアメリカに来る時にも同じことをされると聞き、これは正しいことではないと思いました」
結局、先に入国した奥さんのことも考えて指紋押捺に応じたそうだが、「人差し指でと言われたのですが、他の指でしました(笑)」と最後のあがきを打ち明けた。
シティバンクの極秘メモによれば、1%の富裕層が95%の庶民たちよりも多くの富を所有し、独占的に利益を得る社会となってしまったというアメリカ。その中核をなす金融資本主義の暴力性を、監督は次々と映し出していく。
「アメリカでは、7秒半に1軒の割合で、市民が自宅を差し押さえられ、強制退去させられています。自己破産の理由の第一は、医療費が高すぎて払えなくなってしまうことです。僕はアメリカ人でアメリカを愛していて、アメリカ以外の国には住みたくないとさえ思うほど。でも、アメリカの現状は目を覆いたくなるものなんです」
作品中では日本の保険制度などが高く評価されているが、記者の1人が、日本もアメリカの現状に近づいていることを伝えると、「私が若い頃の日本の印象は、会社経営者は誰かを首切りすると、それを会社の恥だと思うような社会でした。でも、保守主義の(最近の日本の)首相たちが、それを壊し始めてしまった」と監督。そして、「たとえば、社会保障の支出を下げる、教育の質を下げる、そして人を解雇し、収入の低い層の生活を苦しくさせ、貧困をあたかも犯罪のように考え罰していくような政策を打ち出してきた」と自らの考えを述べた後で、「アメリカのようになりたいなどという気持ちは捨てて、日本のままでいてください。1945年以来、皆さんが作り上げてきた、教育が大切だと考え、解雇はしないと言っていた日本で居続けてください。そして、他国を一切侵略せず、侵略しようとしている国をサポートしないと言っていた国に戻ってください」と熱く訴えた。
2004年、ブッシュ政権への批判を込めた『華氏911』が、ドキュメンタリー映画としては初めてカンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを受賞。「世界の巨匠」の仲間入りを果たした監督だが、「私が大企業のトップや権力を持つ人に取材をお願いしても、皆、話をしたがらず、今も取材は大変です」と苦笑い。だが一方で、「一般の方々は、私は大企業や政府に“買われない”と思ってくれているので、そういう方々からの協力は得られるようになりました」と話し、今回の作品でも、そんな協力者から送られた映像が使われていると教えてくれた。とは言え、作品作りは困難を極めるそうで、「(権力者たちにとっての)パブリックエネミーNo.1というような立場は決して楽しいものではありません。もし人生をやり直すとしたら、この仕事は選ばないと思います。大変、辛い仕事です」としんみり語っていた。
『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』は、12月5日からTOHOシネマズ シャンテほかにて限定公開、2010年1月9日から全国拡大公開される。
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