昨年に続き、今年も洋画のシェアを邦画が上回ると予測される日本映画界。だが、邦画の中でも好調と言われているのは、テレビ局を中心とする一部の会社のみ。邦画の製作や配給を手がける中小の映画会社は、苦戦を強いられているところも多い。
そうした中、製作費1000万円程度の低予算映画を次々と製作、劇場公開しているのが、2007年設立のジョリー・ロジャーだ。「上は製作費2億円規模の映画から、下は製作費100万円程度の低予算DVDまで、さまざまな作品を手がけている」と語るのは、同社代表取締役の大橋孝史氏。劇場公開作だけではない。DVD用のドラマから、バスマニアのための『バス天国』といったコアな映像まで、小さなマーケットをターゲットにした作品も数多く製作。販売ルートも開発してきた。
大きな会社とは異なる視点で事業を展開。創業2年目の昨期は、年商10億円の売上を上げた。「お金がないは、言い訳にならない」と語る同氏に、小さな市場を開拓しつつ、自らもプロデューサーとしてキャリアを積み重ねてきたこれまでを振り返ってもらいながら、そのノウハウについて語ってもらった。
ホラーで成功の足がかり掴む
大橋氏は1974年生まれ。1996年に22歳で映画やDVDなどを企画・製作するパル企画に入社し、この業界でのスタートを切る。以来、辞めるまでの8年間で、同氏がプロデュースしてきた作品は、Vシネマが約100本、映画が約50本。退社後はトルネード・フィルム(2005年設立、現取締役)を経て、2007年5月にジョリー・ロジャーを立ち上げ、代表取締役に就任。今日に至っている。
そんな大橋氏のプロデューサーとしての原点がホラーだ。「パル企画に入る前に1年くらい、レンタルビデオ店で働いていたことがあるんです。暇なんで映画を見まくったり、ビデオのパッケージを眺めていたり──。パル企画で、お金がないけど売れるものは何だろうって考えていたときに、ふと、その当時のことを思い出したんです。
ビデオ店のお客さんって、決まって映画を1本借りるとき、もう1本、別のジャンルの作品を借りていく傾向があり、2本目に選ばれるのは、AV、スポーツ、お笑い、ホラーと、わりと気軽に見られる作品が多い。きっと、映画1本では物足りないけど、2本になるとちょっとヘビーかなって感じるんでしょう。だったら、“ついで”に借りてもらえるこの4ジャンルから選べばヒットするんじゃないかと。でも、AVを作るのはちょっと抵抗があったし、スポーツは権利が高そう。お笑いも大手芸能事務所が進出していて敷居が高そうだと。だけど、ホラーなら自分でもやれるかもと思って」
だが、当時は40〜50分のホラーを作るお金すらなかった大橋氏。そこで出会ったのが『戦慄のムー体験』というホラー作品だ。
「これは1994年にパル企画から発売されていた作品で、後に『リング0 バースデイ』を撮る鶴田法男監督作。良くできた作品だったので、パッケージを変え、タイトルも新しく『真・恐怖体験〜戦慄のムー体験・特別版』と変えて、鶴田監督のインタビューも収録して、新しいDVDとして再リリースすれば、お金もかからないし売れるんじゃないかと(笑)。そしたら、見事に売れたんです」
売れた理由の1つがリリースのタイミング。「再リリースしたときは、すでに『リング』が公開された後で、ホラーがブームになっていた。だから、パッケージを貞子風にアレンジして発売しました(笑)」。
さらに、この作品がきっかけとなって続編も製作。「『真・恐怖体験〜戦慄のムー体験・特別版』のヒットでタイトル認知度が高まっていたので、このタイトルを使った続編を作ろうと別のメーカーに話を持ち込んで。そしたら、こちらもヒットし、ホラーは行けると確信しました」
ホラーにはもう1つ、監督が有名でなくても作れるというメリットがあると大橋氏は明かす。「映画では毎回、資金調達時に監督は誰? 役者は? って聞かれるんです。ですがホラーの場合はこの2つがいらない。もちろん、誰でもいいという意味ではないのですが、スター監督である必要もない。なので、折角だから若い監督を自主映画から探してきて、そいつらと作ろうと。それなら監督も育てられ、お金も稼げ、低予算でもできる。そうやって誕生したのが『ほんとにあった!呪いのビデオ』なんです」。同作は今も続く人気シリーズに成長。また、中村義洋監督(『チーム・バチスタの栄光 』)や松江哲明監督(『童貞。をプロデュース』)など、このシリーズを経て大きくなっていった監督も多い。
「ほかにもいろいろな作品を手がけてきましたが、ホラーがある意味で原点。リーズナブルな価格で作れて回収も見込めるのがホラーでした」と大橋氏。大きかったのが、鶴田監督の作品を再リリースし当たったという実績だ。「お金を出して作っても売れなかった作品が、リリースのタイミングやアイデア1つで、売れる作品に変わることを経験した。お金がなくてもアイデアを振り絞れば、ビジネスチャンスは幾らでも広がる。お金がないことは言い訳にならない」。
売れなかった作品がコンビニで復活!
アイデアを振り絞った作品はホラーに留まらない。その1つが『BOYS LOVE』。
「今でいう“BL(ボーイズラブ)系”の作品で、当時もすでに流行ってはいましたが、まだ実写には抵抗感があった時期。きっと、どこに話を持って行っても乗ってこないと考え、うち1社で作ることにしたんです。その際、回収ルートも通常のビデオ店などには大きな期待ができないと想定し、通販をメインにしました。通販と言ってもアマゾンとアニメイトの2サイト。結果、全体で3800円のDVDが2万5000本ほど売れ、その9割がこの2サイトによる売り上げでした」
さらにコンビニエンスストアにも販売ルートを広げる。『荒くれKNIGHT』もコンビニで売った作品の1つ。ただし、こちらは元々ポニーキャニオンが普通のDVD販売ルートで売っていた商品。
「でも、通常ルートでは数百本しか売れなかったんです。うちも出資していることもあり、それならコンビニで1980円で再リリースしてみようと。今はそれが7000本売れています。販売価格が安く設定されているとはいえ、数百本しか売れなかったものが、7000本になる。そういう意味では鶴田監督の作品を再リリースしたときと同じで、アイデア次第で、同じ作品でも売れ行きが大きく違ってくるものなのです」
製作費の大小、多岐に渡るジャンルと、これまでさまざまな作品を手がけてきた大橋氏。ジャンルが幅広いだけに1本1本、作り方が違っているが、1つだけ心がけていることがあるという。それは「1人でもいいからその作品を、すごく好きになってくれる人がいること」だ。
「想定でも構わないんです。だから、たった1人でもいいのでこの映画を『大好き』と思ってくれる観客を考える。例えば『BOYS LOVE』も、製作費が約700万円で、回収できるかどうかは未知数でした。だけど、この作品を『私にとって生涯忘れられない作品』と思ってくれる人は、必ず1人はいるはずだと。そう思うのであれば、次はその人がどうしたら喜んでくれるかを考え、その人が喜んでくれるような作品に仕上げればいい。それが結果として、同じように喜んでくれる1000人のお客さんの獲得につながるんです。もっとも、100万人動員しないと回収できないような大作なら、こうはいきません(笑)」
映画会社はお金をかけすぎる
だが、映画業界を襲う不況の波は、決して小さくない。これまで映画は、劇場公開が宣伝のような意味を持ち、実際に回収するのがDVDという方程式が存在した。それがDVDのセル市場の落ち込みとともに崩れようとしているのだ。代わりになりそうなのが、ネット配信。現在、成長しつつあるが、大橋氏は「DVD市場を補うほどには伸びないのでは」と予想。「インターネットはタダで見られるというスタンダードができあがりつつあるから」と理由を話す。では、ネットがダメなら、ほかにDVDに続く回収プランはあるのか?
「今うちが取り組んでいるのは、映画やドラマの製作から派生するモノすべてを手がけていくことです。作品を売るのも、国内だけでなく海外も視野に、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカとすべて対応しています。ほかに、音楽や商品化、プロダクトプレイスメントなどを利用した広告、あるいは作品の舞台化と、トータルにビジネスを展開することが、うちのレベルでは必要になってくると思っています。どれもありきたりではありますが、実際に実行するのは意外に難しいもの」。そのために重視しているのが人材。各部門のプロデューサーを育てていくことだという。
今年は、『ブロークバック・マウンテン』などの洋画を配給してきたワイズポリシーや、『ミリオンダラー・ベイビー』『夜のピクニック』など、洋邦問わず手がけてきたムービーアイ・エンタテインメントが倒産した。冒頭にも記したとおり、中小の配給会社は今、厳しい局面に立たされている。その理由について大橋氏は「プライドが高すぎる」と指摘する。
「映画買付の金額も、配給宣伝にかける金額も高すぎるし、人も多すぎます。困難に立たされている理由は、それだけなんです。うちも配給を手がけるし、トルネードと一緒に仕事をしてよくわかったのは、宣伝や劇場ブッキングに対しプライドが高すぎること。嫌われるのがいやなのか、大きく見せたいのか、1つの作品に対し宣伝スタッフが5人も10人もいる。うちだったらそれを1人でやらせる。そのことに関し、もっと増やせと言われるかも知れない。だけど、そんなプライドを持たず、『それしか稼げないなら、それでやるべき』と思う。なのに、みんなそう言えないから、おかしくなっているんです」
そんな大橋氏が、今、チャレンジしようとしているのが、移動映画館を作ることだ。トラックが映画館になり地域を巡回していく、移動図書館の映画版だ。アメリカなどでは普通に走っているという。
「映画館に足を運んでもらえないなら、逆にこっちから行ってやろうという発想です。ビデオ店で売れなかったものがコンビニで売れたという話をしましたが、それと考え方は一緒。自分も田舎育ちなので、子どもの頃に紙芝居とかが来ると嬉しかった。同じように、地方の商店街に映画館が来たら、普段、映画を見ない人も、見てみたくなると思うんです。それが、地域活性化にもつながります。
ただ、実現させるためには、車検や音響の問題など、いろいろな困難もある。それを何とかクリアできるように、経済産業省が地域活性化を担当しているので、現在、提案中です。今、話題の事業仕分けで予算を削らずに、エンタテインメントに前向きにご協力いただいて、ぜひ、実現させたいと思っています」
(テキスト:安部偲)
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