(…前編より続く)
ただ、この『セッション』に込められたそんなシリアスなメッセージを鑑賞中に汲み取るのは、正直言って至難の業だ。107分の上映時間内で見る者がホッとできるような時間は、ほとんど用意されていないから。とにかく緊張に次ぐ緊張、どんでん返しに次ぐどんでん返しで、ジェットコースターのようなテンション・カーブを描きながら物語が進行していく。音楽映画という形にはなっているものの、実際は、アクション映画やサスペンス映画を見ている感覚に限りなく近い。
・【映画を聴く】芸術にすべてを捧げる価値はあるのか? ドS教師に目が釘付けの衝撃作が投げかける深い問い/前編
製作総指揮のジェイソン・ライトマンは本作を「音楽院を舞台にした『フルメタル・ジャケット』だ」と語っているが、それも大いに納得できる。加えて個人的には、その緊張感において『ノーカントリー』を、衝撃の結末においは『ユージュアル・サスペクツ』あたりを連想したりもした。
もちろん音楽映画としても見どころはたくさんある。劇中で繰り返し演奏される「Whiplash」は、ハンク・レヴィという作曲家/サックス奏者によって書かれた曲で、その意味は「鞭打ち」(メタリカの同名曲が知られているが、そちらは彼らのオリジナル曲)。これは本作の原題であり、作品の内容を端的に表す言葉だったりもするが、リズム・パターンが目まぐるしく変わるその曲調は、まさにドラマー泣かせ。もうひとつのキー・トラックであるデューク・エリントンの「Caravan」に比べればほとんど知られていないが、こんなぴったりな曲を見つけてくるあたりにもチャゼル監督の該博な音楽知識が見て取れる。
役者陣で際立っているのは、やはりアカデミー賞助演男優賞に輝いたJ.K.シモンズだ。先ほど「ジェットコースターのような」と書いた作品のテンション・カーブは、ほとんど彼の演じるフレッチャーの心理状態に支配されているようなものだ。“究極のドSキャラ”であるフレッチャーは、アンソニー・ホプキンスにとってのハンニバル・レクターのように、今後の彼の代名詞的な役柄になるに違いない。
先日、当コラムでも触れたミュージシャン(かつドラマー)で俳優の金子ノブアキが、本作を見た後「すぐに帰ってドラムを練習します」とコメントしているのをテレビで見かけたが、自分がもしミュージシャンでこんな鬼コーチに付いていたら、そりゃそういう気持ちになるだろうなぁと。そんな感想から始まって、見る者をとても深い思索のスパイラルへと誘う本作。チャゼル監督の次回作は、引き続きマイルズ・テラーを起用したミュージカル映画『La La Land』ということで、こちらもどんな仕掛けが用意されているか楽しみで仕方がない。(文:伊藤隆剛/ライター)
『セッション』は4月17日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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