ファーストカットで好きになる映画はある。『ロスト・リバー』はそんな1本だ。ラブストーリーの定番『きみに読む物語』に始まり、『ドライヴ』『ブルーバレンタイン』など作家性の強い作品で活躍する二枚目俳優、ライアン・ゴズリングが33歳にして撮った監督デビュー作はミステリアスでビザールな味わいで、ディストピアのおとぎ話といった趣向だ。
経済が破綻し、ゴーストタウンと化したアメリカのとある街が舞台だ。廃墟の中からクズ鉄を集める少年・ボーンズは、年の離れた弟と母親・ビリーと暮らしている。生活は困窮し、家は差し押さえ寸前。ボーンズはギャングのブリーに目をつけられてくず鉄収拾もままならず、ビリーは銀行にローンの相談をするが、融資の代わりに支店長から怪しげな仕事を紹介される。追いつめられていく母子の物語に、隣家の少女・ラットが語る湖底に消えた街“ロスト・リバー”の伝説が絡んでいく。
処女作は、監督本人の自己紹介的なものが多いが、この映画もそう。ゴズリングと組んで『ドライヴ』『オンリー・ゴッド』を撮ったニコラス・ウィンディング・レフンの影響は言うまでもなく、デヴィッド・リンチやギャスパー・ノエ(本作の撮影監督はノエ作品やハーモニー・コリンの『スプリング・ブレイカーズ』のブノワ・デビエ)のような雰囲気、『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスを想起させるモチーフも登場する。心身への暴力、バーレスク風にショーアップされた血まみれシーン、闇に包まれた湖、燃え上がる炎など、ゴズリングと審美の価値観が一致したら、たまらなく美しい映像のオンパレードだ。
ボーンズを演じるのはテレビシリーズ『エージェント・オブ・シールド』で人気上昇中のイアン・デ・カーステッカー、狂暴化したジャイアンのようなブリーはBBCの人気ドラマ『ドクター・フー』で主役を演じるマット・スミス。2人ともイギリス出身だ。祖母と暮らすラットを演じるのは『グランド・ブダペスト・ホテル』のシアーシャ・ローナンで、彼女はアイルランド人。サディスティックな支店長を演じるベン・メンデルソーンはオーストラリア、怪しげなクラブで働き始めたビリーの送迎をする運転手役のレダ・カテブはフランスの出身。
ホラー映画のみならず、様々なジャンルでテーマとなる、アメリカの深い田舎に潜む底知れぬ狂気を演じるキャストの大半が外国人であるのが興味深い。監督のゴズリングも実はカナダ出身であり、前述の撮影監督はフランス人。よそ者だからこそ気づくアメリカの異様性を、貧困で荒む人々という社会派の要素と共在させ、独特の美学で描かれている。
キャストでは、ビリーを演じるクリスティナ・ヘンドリックス(『ドライヴ』)と、ビリーの働くクラブのパフォーマーを演じるエヴァ・メンデス(実生活でゴズリングのパートナーでもある)だけがアメリカ人だ。そしてひと言も口を聞かず、椅子から立ち上がることもないラットの祖母を演じるのはバーバラ・スティール。マリオ・バーヴァ監督の『血塗られた墓標』をはじめ60年代のイタリア・ホラー映画のスター女優で、これも痺れるキャスティングだ。
昨年カンヌ国際映画祭での上映後には、引用元を挙げたらきりがない、といった批判も聞こえたが、自分の好きなものを自分のスタイルに昇華させ、師匠(と呼んでいいだろう)レフンともひと味違うエンターテインメント性を兼ね備えたセンスはなかなかのもの。次回作が楽しみな監督だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ロスト・リバー』は5月30日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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