「映画好き」と言われれば言われるほど、聞きづらくなるのが映像技術の一般常識。理解しているようでいて実はよく知らない。こっそり訊ねたら「そんなこと知らないの?」と呆れられそう。本コラムでは話題の映画ブルーレイを題材にしながら、いまさら聞けない映画の一般常識や用語についてお話していこう。
●今回のお題「ドルビーアトモス 前編」
●オススメBlue-ray『メリダとおそろしの森』
2012年4月、業界を牽引してきたドルビーが最新立体音場規格を発表した。シネマ音響史に革命をもたらしたドルビーアトモスの誕生である。アトモスとはアトモスフィアの略。大気、空気、雰囲気を意味する。初上映作品は同年6月全米公開の『メリダとおそろしの森』。その後は対応上映館が続々と新設され、現在では世界1200館以上で採用されている。
これまで平面方向におけるサラウンド拡張の歴史をご紹介してきたが、ドルビーアトモスは縦=高さ方向の再現を加え、上半球360度のアトモスフィア=3次元表現を可能にした。映画館のスピーカーがいくつあろうと、映画のサウンドトラックは最大7.1ch収録までだ(前方右/センター/左、サラウンド右/左、後方サラウンドバック右/左、サブウーファー)。
しかも右側のサラウンド・スピーカーが10本設置されていても、再生時にはすべてのスピーカーが同時に鳴っている。ミキシング技術の向上で巧みな音演出が可能となったが、まだまだ音の定位や移動が曖昧で、特に高さ方向の精巧な音再現に対応できていなかった。
簡単に言えばドルビーアトモスは、2つの音のレイアー(層)を持ったハイブリット音響である。従来の5.1ch/7.1chといった音声データをレイヤーAに収め、新たにレイヤーBを設けたのである。レイヤーAは「チャンネルベース」=「ベッド/BED」と呼称。「BED」は移動や定位を必要としない静的な音源に用いられる。
対してレイヤーBは「オブジェクト」と呼ばれ、3次元的な音の位置情報が記録された音声データの層だ。「オブジェクト」は移動感や定位感を強調したい音源に用いられ、再生時にリアルタイムに音声データを演算。「BED」と合成されて出力することで、特定の空間に音をピンポイントで配置したり、明快な軌跡とともに移動させることを可能にした。そしてその再生のために、天井スピーカー(トップスピーカー)設置が必須となる。
再生に使われる専用デコーダーに映画館のデータ(スピーカー数、距離など)を記憶させることで、映画館ごとに最適化された音場空間を再現できる。ドルビーアトモス上映館で『メリダとおそろしの森』を鑑賞した観客が、天井を見回したという逸話も残るが、果たしてその音響効果やいかに? それは後編で。(文:堀切日出晴/オーディオ・ビジュアル評論家、オーディオ・ビジュアル・ライター)
次回は4月15日に掲載予定です。
堀切日出晴(ほりきり・ひではる)
これまでに購入した映画ディスクの総額は軽く億を超えることから、通称は「映画番長」。映画助監督という作り手としての経歴を持ち、映画作品の本質を見抜くには、AV機器を使いこなすこと、ソフトのクォリティにも目配りすることを説く。
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