(…前編「グルーヴィーなピアノ曲を多用」より続く)
・【映画を聴く】前編/本当に80歳!? 音楽にも新機軸が見られるウディ・アレン『教授のおかしな妄想殺人』
【映画を聴く】『教授のおかしな妄想殺人』後編
ライヴ録音のテーマ曲が劇場効果を倍増!
ウディ・アレンの監督作品が音楽と深い関係にあることは、彼のファンでなくとも多くの人が知るところだ。自身もクラリネット奏者として長く演奏活動を続けており、アカデミー賞の授賞式を欠席してNYのクラブでクラリネットを吹いていたというエピソードは、彼のスタンスや価値観を如実に物語っている。ニューオーリンズ・ジャズ・バンドを率いて世界中をツアーで回った様子が1998年にドキュメンタリー映画『ワイルド・マン・ブルース』としてまとめられ、「本人の映画よりも面白い」と話題になったりもした(実際にすごく面白い)。
ただ、音楽そのものを題材にした映画は意外と少なく、ショーン・ペンがジャズ・ギタリストを演じた『ギター弾きの恋』や、音楽に魅了された自身の少年時代を描いた『ラジオ・デイズ』、本格的なミュージカル『世界中がアイ・ラヴ・ユー』あたりが主だったところ。アレン作品の音楽との親和性は、題材云々よりも選曲のセンスのよさにあり、『ボギー! 俺も男だ』(監督はハーバード・ロス)の「As Time Goes By」、『スターダスト・メモリー』の「スターダスト」、『マンハッタン』の「ラプソディ・イン・ブルー」など、振り返ってみると音楽が映像と強く結びついた印象的なシーンが多いことに改めて驚かされる。
本作『教授のおかしな妄想殺人』でフィーチャーされているラムゼイ・ルイス・トリオは、従来の作品での選曲に比べると時代的に新しく(と言っても60年代)、サウンドも前編で触れた通り“アレン的”なニューオーリンズ・ジャズやスウィング・ジャズとは大きく異なる。そして何より斬新なのは、テーマ曲と言っていい「The ‘In’ Crowd」がライヴ録音であることだ。ワシントンD.C.の「ボヘミアン・キャヴァーンズ」での熱気溢れる演奏を録音したこの曲は、観客の拍手や掛け声、手拍子などが盛大に収録されている。これがオープニングとエンディングに使われることで、見る者はまるでTVショーやコントでも楽しんでいるような気分になり、ホアキン・フェニックスの演じるエイブのシリアスであるがゆえの滑稽さがより浮き彫りになるわけだ。どこまでが意図かは分からないが、この構造により“ウディ・アレン劇場”の完成度がより高められていることは間違いない。
アマゾン・スタジオの配給による次回作『Cafe Society』では初めてデジタル撮影に取り組むなど、80歳にして創作意欲の衰えをまったく感じさせないウディ・アレン。75歳になっても1年の大半をツアーに費やしているボブ・ディランらと同じように、まだまだファンを楽しませてくれそうだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『教授のおかしな妄想殺人』は6月11日より全国公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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