(…前編「弦楽器やピアノの音色が優しく寄り添う音楽」より続く)
【映画を聴く】『ブルックリン』後編
自在に音を操る音楽家と歌心の解る脚本家のコンビ
ジョン・クローリー監督『ブルックリン』の脚色を担当するニック・ホーンビィは、まず小説家として知られる人だ。映画化もされた『ハイ・フィデリティ』や『アバウト・ア・ボーイ』などは音楽ファンにも人気で、前者は中古レコード店の店主をジョン・キューザックが、後者は父親の作曲した一発ヒットの印税で暮らす中年男をヒュー・グラントが演じて話題になった。
映画ではこれまでに『17歳の肖像』『わたしに会うまでの1600キロ』、自身の処女作となる自伝『ぼくのプレミア・ライフ』の脚本を手がけており、『ブルックリン』は実質4作目。これまでになくスケールと深みを持った題材(原作)と真正面から向き合い、脚本家としても着実にキャリアを重ねている。
小説家、脚本家だけでなく、ミュージシャンとのコラボレーションも行なっており、アメリカのシンガー・ソングライター、ベン・フォールズとの連名で2010年に『Lonely Avenue』をリリースしている。これはホーンビィの書いた歌詞にフォールズがメロディをつける形で制作されたもので、彼の短編小説を読むような感覚で楽しめる作品集だ。
マイケル・ブルックとニック・ホーンビィ。自在に音を操る音楽家と、歌心の解る脚本家のコンビは、クローリー監督の指揮のもと、アイルランドの田舎町とNYのブルックリンを行き来する主人公、エイリシュの心の移ろいを一篇の長い歌曲のようにまとめ上げている。
自身のアイデンティティを象徴するグリーンのコートを着てNYへ渡ったエイリシュが次第に別の色に染まっていく様子を、抑揚の効いた歌詞のように綴るホーンビィの脚本。それをつねに穏やかで優しいトーンで包み込むブルックの音楽。両者はエイリシュを演じるシアーシャ・ローナンの美しさを引き立てると同時に、作品としてのアーティスティックな価値を高めることにも大きな貢献を果たしている。
シアーシャはNYで生まれた後、3歳の時にアイルランドに移住。現在も両親とともにアイルランドで暮らしているということで、アイルランドからNY向かったエイリシュとは正反対ながら、移住者という意味ではよく似た人生を歩んでいることになる。“故郷も愛も、2つは持てない”というキャッチコピーからも理解できるように、本作ではエイリシュが自分の人生でどんな選択をするのかが大きなテーマとなっているが、そんなシアーシャ自身のバックボーンがエイリシュの人物造形に説得力を持たせていることは間違いない。(文:伊藤隆剛/ライター)
『ブルックリン』は7月1日より公開。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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