【週末シネマ】サイレントの手法を活用し、映画を純粋に楽しむ喜びを思い出させる傑作
『熱波』
ポルトガルの俊英、ミゲル・ゴメス監督が第62回ベルリン国際映画祭でアルフレッド・バウアー賞、国際批評家賞をダブル受賞した長編第3作。モノクロのフィルム撮影(35ミリと16ミリ併用)、画面サイズはスタンダード。後半で音楽とナレーション中心で、会話の音声はほとんどない無声映画のような演出。どんな実験映画かと思われそうだが、ストーリーは王道のメロドラマだ。
繊細で哀愁を帯びたピアノの調べに乗って、アフリカの草原を行く探検家の物語がプロローグとして置かれる。深い悲しみを抱えた男は白昼に原住民が見守るなか、ワニのいる川に身投げする。夜、月光の下には1人の女と置物のように静止したワニが佇んでいる。滑稽にしてロマンティック。この頃にはもう、魔法をかけられたように映画の中に引き込まれている。
そして「楽園の喪失」と題された第一部が始まる。現代のリスボンに暮らす孤独な老女・アウロラはギャンブル好きで気難しい性格。病に倒れ、死期を悟った彼女は隣人の中年女性とアフリカ系のメイドに頼み事をする。消息不明のベントゥーラという男を探してほしいというのだ。世話好きの隣人と無口なメイドは手を尽くしてベントゥーラを探し出す。彼は50年ほど前、ポルトガル植民地戦争の時代、アウロラがアフリカのタブー山麓に農場を持っていた頃の出来事を話し始める。
ベントゥーラが語るアウロラとの恋物語が第二部「楽園」だ。両親の遺した農場で夫と裕福な生活を送る若い女性と流れ者の青年が身を沈めていく禁断の愛は、美しくロマンティックに描かれる。60年代のヒット曲が流れるプールサイドのパーティ、ロックバンド、猟銃を抱えて狩りに出かけるアウロラ、ペットの子ワニ、猿。登場人物の会話の音は消され、すべてのイメージが謎めいた魅力を放つなか、老人がつぶやくように語る声は音楽のように心地よく響く。その話が事実なのか、老人の妄想なのかもわからない。そんなことはどうでもいいという気さえしてくる。
それくらい、目の前の映像が美しいのだ。たとえ言葉が解らなくても、ただ見ているだけでも物語のあらましは掴める。それは映画草創期のサイレントの手法をゴメス監督が見事に活用しているから。詩的な言語表現がわかればそれに越したことはない。だが、“見る”という行為を純粋に追求する歓びを、まず優先したい。そもそも、この感覚を味わいたくて見に行くのが映画ではないか。そんな初心をも思い出す、至福の時間を味わった。(文:冨永由紀/映画ライター)
7月13日よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
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