【この俳優に注目】陽気な風貌に見え隠れするメランコリックなもろさが魅力
ロマン・デュリス
1947年に出版されたボリス・ヴィアンの小説「うたかたの日々」がフランスで再映画化されたと聞き、ヴィアン好きな筆者は大興奮! 原作は、若いカップルの悲恋を軸にファンタスティックな発明品などを織り交ぜつつ、痛烈な社会風刺と人生の不条理に対する怒りが描かれている名作だ。
監督は、『恋愛睡眠のすすめ』でイマジネーションをそのまま映像化して楽しませてくれたミシェル・ゴンドリーだというから、これは期待できそう! ただ、ひとつ気になったのが、主演がロマン・デュリスとオドレイ・トトゥということだった。
原作では主人公の裕福な若者コランは22歳で、クロエはその女友だちが「18歳3ヵ月」と言っていることからその程度の年齢だと想像できるが、ロマンもオドレイもすでに30代後半だ。いくら人気スターの共演とはいえ、ちょっと歳をとり過ぎていやしないか。1968年に映画されたときには、当時20代半ばのジャック・ペランがコラン役で、クロエ役はアニー・ビュロンという栗色の髪がお人形さんのような女優が演じていて、薄幸そうな雰囲気がとてもよかったのだ。だからこそ、21世紀バージョンを見る前は、期待と不安でいっぱいだった。
しかし、映画が始まると不安は一掃された。映画は原作と同様に、コランが身だしなみを整えるシーンから始まるのだが、「目つきに神秘的な輝きを与える」(原作より)ためにまぶたの端をハサミで切るというシュールな描写がそのまま映像になっているではないか! さすがミシェル・ゴンドリー監督だ。なにより、軽やかに快活に家のなかを動き回るロマン・デュリスが、コラン役にぴったりだと思えたのだ。
というわけで、今回は、この奇妙な映画にすんなり入り込ませてくれた立役者として、ロマン・デュリスに注目したい。ロマンは、セドリック・クラピッシュ監督にスカウトされて同監督の大ヒット作『猫が行方不明』(96年)で注目され、『パリの確率』(99年)などの群像劇で頭角を現した。濃い顔ながらも主張しすぎない存在感が群像劇の主要な役に合うのかもしれない。屈託ない笑顔がチャーミングで、笑うときに少し口の端が歪んで上がるアンバランスさが印象的でいい。アーティスト一家に生まれ育ったためか、陽気な青年の風貌にどこかメランコリックで脆(もろ)い感じが見え隠れするのもいい。
彼の最大の魅力は昔から変わらない笑顔で、それは『うたかたの日々』でも健在だ。コランとクロエが出会うシーンでは、一瞬さすがに大人のカップルに見えてしまうものの、心の底から嬉しそうなロマンの笑顔で、一気に“若い2人が恋に落ちました”という感じになるのだ。この2人は留学生たちの青春を描いた群像劇『スパニッシュ・アパートメント』(02年)とその続編の『ロシアン・ドールズ』(05年)で恋人同士を演じていたので(続編では元恋人)、2人が微笑み合うシーンを見ていると過去の映像が重なって、実際にスクリーンに映っている以上に若々しく感じられた。見慣れたカップルだけに新鮮味はないものの、こういう効果もあるのか、と感心した。
また、ロマンの繊細な演技力が光っていたのはラストシーンで、どうにもならないものに怒りをぶつけて狂ったかのように振る舞う姿が異様に空しかった。原作とは異なる締めくくりだけれど、とてもよかったと思う。
話は作品に戻るが、コランが発明した“ピアノ・カクテル”が登場したり、不幸になるにつれて家の壁が縮んだりと原作をほぼ忠実に映像化しているので、「意味不明でついていけない」と感じる人もいるかもしれない。でも、それはもったいない。この作品は原作を読んでから見て、ボリス・ヴィアンの独創的な世界を楽しんでほしいとい思う。(文:秋山恵子/ライター)
『ムード・インディゴ 〜うたかたの日々〜』は10月5日より新宿バルト9ほかにて全国公開中。
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