「役者魂があるならこの役をやるはず!」
仕掛け人の強い思いを見事に受け止めた綾野剛
41歳で自死した函館出身の不遇の作家・佐藤泰志原作の同名小説を、綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉という旬の俳優を起用して映画化した『そこのみにて光輝く』。同作家原作の2010年公開のヒット作『海炭市叙景』も手がけた本作の企画・製作の菅原和博氏に話を聞いた。
・前編/映画化が相次ぎ脚光を浴びる作家・佐藤泰志、ブームの火付け役が語る苦難の道
『海炭市叙景』をヒットさせた菅原氏だが、『そこのみ〜』製作に乗り出した当初は何度も挫折しそうになったという。邦画界はこういった暗い内容の文学作品の映画化には前向きではなく、製作資金集めの見通しがなかなか立たなかったのだ。
もうダメかもしれないと諦めかけたとき、急展開が起きた。綾野剛が主演のオファーを受けたのだ。やはり商業映画は興行力があって成り立つもの、集客力の高い綾野剛が主演に決まれば出資に前向きになるところは多く、映画化実現に向けて大きく動き出すこととなった。とは言え、綾野剛が出演を承諾したのは脚本を気に入ったからであり、やはり内容のクオリティがものを言うとも言えるのだが。
そもそも綾野剛のキャスティングについては、スタッフ一同、全員一致の意見としてオファーすることが決まったのだとか。他は考えられないほど、「綾野さんで行こう!」というみんなの意思は固かった。菅原氏は綾野剛をNHK連続テレビ小説『カーネーション』で初めて見たが、当時、映画の出演作の決定打はまだあまりなかったという。菅原氏は綾野に対して「役者魂があるならこの役をやるはず! 綾野剛という役者はそういう男だ」という、言わば映画人らしいというか、かなり強気な信念を持ってオファーしたのだそうだ。それほど綾野に入れ込み、彼しか考えられないでいた。
結果、綾野は主人公の人間像をみごとに体現し、菅原氏は200%満足しているという。「綾野さんは達夫という男そのものに成りきり、役を生きてました。映画が成立するにはやっぱり役者の華が必要です。綾野さんには、70年代のATG作品や東宝、日活作品における萩原健一さんや、松田優作さんのような華がある」と、菅原氏は綾野を絶賛する。そこは筆者も賛成したいところだ。
キャスティングで難航したのは菅田将暉が演じた拓児だったそうだ。確かに原作のイメージとは少々違う。菅原氏は「拓児は堕天使のような部分を持っていて、菅田さんが演じてくれたことによってピュアな要素が強くなってよかったです。この手のドラマは観客に感情移入してもらわないといけない。その点、菅田さんは男の僕が見ても母性本能をくすぐるようなかわいらしさがあって、人を惹きつける魅力があります」と語る。映画館の館長もつとめる菅原氏はそれだけ観客の目線も考え、製作に挑んだようだ。後編へ続く(文:入江奈々/ライター)
『そこのみにて光輝く』はテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中。
・後編/映画化が相次ぎ脚光を浴びる作家・佐藤泰志、ブームの火付け役が語る苦難の道
●菅原和博
1956年3月3日生まれ、北海道旭川市出身。喫茶店経営の傍ら、1983年に自主上映グループ「アイリス・イン」を結成。1996年、市民の協力を得て「函館市民映画館 シネマアイリス」を開業する。2010年、佐藤泰志原作による『海炭市叙景』を企画・製作し、製作実行委員会も代表もつとめ、同作は国内外で高い評価を受け、劇場ヒットを記録した。
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