マイケル・ファスベンダー
一声二顔三姿。これは優れた歌舞伎役者の必須条件といわれる三項だ。舞台に立って生身で表現するにはなるほど欠かせない。だが、それは映画においても実は変わりない。30代後半という、男性の映画スターにとっての旬の時期にその三条件を満たす1人がマイケル・ファスベンダーだ。
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まずは声。高すぎず低すぎず、落ち着きと官能的な響きがある。売れっ子になる前はドキュメンタリー番組やCMのナレーションの仕事も多かった彼はイギリスの声優事務所に今も籍があり、紹介欄でその声は「個性的、エレガント、メロウ」と評されている。
顔については言わずもがな、サッカー日本代表の本田圭佑選手が58位にランクインした2013年度「世界で最もハンサムな顔100人」で堂々たる第1位を飾ったその人だ。
そして姿。183センチの均整のとれた体型で何でも着こなす。『X-MEN』シリーズで演じるマグニートーのヘルメットは正直微妙な外観だが、それすらも、うっかりカッコいいと思わせてしまうほど。最新作『X-MEN:フューチャー&パスト』は2023年と1973年と2つの時代が描かれるが、体にフィットする70年代の衣裳とサングラス姿のファスベンダーは絶品だ。
今年のアカデミー賞主要3部門受賞作『それでも夜は明ける』で助演男優賞候補になった彼は、北アイルランド出身の母親とドイツ人の父親との間に生まれ、舞台、テレビ映画を経て、映画に進出した。最初の出演作は『300』のスパルタの戦士・ステリオス役。革のパンツにマントのみで鍛え上げた肉体を誇示して戦う姿は確かに鮮烈だったが、個人的にはフランソワ・オゾン監督がイギリスで撮った英語作『エンジェル』でヒロインの夫を演じたのが印象深い。人気女流作家に惚れられた売れない画家の青年をロマンティックに演じ、映画界に登場と同時に体育会系と文系、どちらもOKであることを証明してみせた。
彼が真に注目を浴びたのは2008年の『HUNGER/ハンガー』だ。1981年、北アイルランドの刑務所でハンガー・ストライキを決行した実在のIRAメンバー、ボビー・サンズを演じるために16キロ減量し、鬼気迫る熱演を見せた。作品は同年のカンヌ国際映画祭で新人監督賞にあたるカメラドールを受賞したが、その監督こそ、『それでも夜は明ける』のスティーヴ・マックィーン。2人は続いて2011年に『SHAME−シェイム−』でも組み、マイケルは性依存症に苦しむエリート・ビジネスマンを演じてヴェネチア国際映画祭で男優賞を受賞した。受賞こそ逃したが、『それでも〜』で演じた嗜虐的な南部の農園主の荒ぶるほどにその心の闇と内に抱える恐怖が露になる名演は、盟友である監督と俳優の共同作業として特筆に値するものだ。
タランティーノ(『イングロリアス・バスターズ』)、クローネンバーグ(『危険なメソッド』)、ソダーバーグ(『エージェント・マロリー』)と名監督の作品への出演が続く。『プロメテウス』『悪の法則』と続けざまに彼を起用したリドリー・スコットをはじめ、自作に出る役者の容姿にかなりこだわるタイプからの需要が多い。
今後はテレンス・マリック監督の新作やマリオン・コティヤール共演の「マクベス」の映画化作が控える。ドラマティックな美しさを堪能できる作品が続く……と書きかけて、『FRANK(原題)』という異色作があるのを思い出した。終始かぶり物姿のロック・シンガーというシュールな役を大暴れで演じている。頭隠して肉体美は隠さず。指の長い手の美しさも引き立つが、それより何より奇妙な自作曲を歌い踊るノリノリのファスベンダーに釘づけ。予想の斜め上を行く新境地開拓は、日本でも秋頃にはスクリーンで見ることができそうだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
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