映画『パーソナル・ソング』の原題は『Alive Inside』。“中身は生きている”というそのタイトルが示すように、本作では認知症によって表面的には奪い去られてしまったかのように見える彼らの人格を音楽で呼び覚ます活動を行なう、ひとりのソーシャルワーカーを追ったドキュメンタリー作品である。マイケル・ロサト=ベネット監督が、ダン・コーエン氏のこの活動に関心を持ち、3年の月日をかけて取り組んだプロジェクトだ。
根本的な治療法が見つかっていないこともあり、認知症は日本だけでなく世界中で深刻な問題となっている。「ほとんど効果の見られない薬の開発や投与にかかる費用を考えれば、それぞれの患者の好きな“パーソナル・ソング”を届ける方が効果的かつ経済的ではないか」と提言する本作は、2014年のサンダンス映画祭で大きな反響を呼び、観客賞を受賞。音楽が精神論に留まらず、フィジカルにも人を救い得るものだということを実証する画期的なドキュメンタリーとして、映画ファン/音楽ファンといった垣根を超えて支持を集めている。そんな作品の待望となる日本公開が、今日からスタートする。
記憶と音楽が密接に結びついていることは、改めて言うまでもなく、誰にでも心あたりがあるだろう。現在30〜40代の日本人だったら、ロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」を聴けば小学校の運動会を、ヴィヴァルディ「春」を聴けば給食の光景を思い出すだろうし、スキー場と言えばユーミンや広瀬香美、海の家と言えばサザンオールスターズやTUBE、クリスマスと言えばワム!や山下達郎などなど。もちろんそういった共通言語的なものだけでなく、個々人によって実にさまざまな曲がシチュエーションとともに記憶に刻まれているはずだ。
認知症に悩まされる人たちにも、そういった音楽の記憶は残っている。音楽を記憶する脳の領域は、認知症によるダメージを比較的受けにくいからだという。ダン・コーエン氏はそこに着目し、NPO団体「ミュージック&メモリー」を設立。介護センターの入居者などにiPodとヘッドフォンを届ける活動を開始した。iPodにはあらかじめ届ける相手の来歴や嗜好によって選ばれた楽曲がプレイリストとして収められており、その中身は人によってまるで違う。そういう意味でコーエン氏と「ミュージック&メモリー」は、認知症の人に“パーソナル・ソング”を差し出すソムリエやキュレーター、あるいはDJのような役割を果たしていると言っていいかもしれない。(…後編へ続く)(文:伊藤隆剛/ライター)
・後編/音楽で認知症を改善!? 『パーソナル・ソング』に見る、音楽の心と身体への効能
『パーソナル・ソング』は12月6日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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