(前編より続く)人気ロックバンド、マルーン5のフロントマンであるアダム・レヴィーンが映画デビューを飾るなど、この『はじまりのうた』ではキャストに音楽畑の人が何人か起用されているが、スタッフもなかなか強力で、音楽監督をなんとグレッグ・アレキサンダーがつとめている。
この人、90年代の終わりにニュー・ラディカルズというバンドのフロントマンとして活動し、たった1枚のアルバムを200万枚売り上げた後、あっさり解散させてしまった変わり者として知られている。解散後は多くのアーティストに楽曲提供してヒットを量産しており、本作でもカーニー監督との共作で劇中のキー・トラックをいくつか手がけている。また、1曲だけだが『ONCE ダブリンの街角で』の主演でありカーニー監督の旧友であるグレン・ハンサードも楽曲を提供しており、『ONCE』のファンならこみ上げてくるものがあるに違いない。なお、これらの劇中歌は、先行リリースされているサウンドトラックCDにほとんどが収録されている。『ONCE』と同様、サントラだけでも十分な鑑賞に値するものなので、ぜひ一聴をおすすめしたい。
・【映画を聴く】最高にハッピーなSNS時代の音楽映画『はじまりのうた』/前編
既成の楽曲の使い方もうまい。公開日当日なので詳しくは触れないが、キーラ・ナイトレイの演じるグレタと音楽プロデューサーのダンを演じるマーク・ラファロが、自分のiPhoneに入っている楽曲のプレイリストを聴かせ合う場面もそのひとつ。フランク・シナトラやスティーヴィー・ワンダー、それに映画『カサブランカ』で知られる「As Time Goes By」なんかが次々に再生される。ニューヨークの街を音楽を使って生き生きと映し出した作品は数多いが、たとえばハリー・ニルソンの曲をフィーチャーした『ユー・ガット・メール』のような王道的な選曲ではなく(これはこれで大好きですが……)、本作はより雑多で幅広い選曲ながらしっかり“ニューヨークっぽさ”を匂わせることに成功している(「As Time Goes By」にニューヨークっぽさを感じるのは、多分にウディ・アレン『ボギー! 俺も男だ』の影響があるかもしれない)。
またこの映画では、“ニューヨークという街でフィールド・レコーディングで音楽を作る”ということ自体が大きな意味を持ち、作品そのものの性格をよく表している。あえて路地裏の喧噪のなかで録音し、近くで遊んでいた子どもたちをコーラス隊として招き入れたり、ビートルズの“ルーフトップ・コンサート”よろしくビルの屋上でクレームを受けながら爆音でギターをかき鳴らしたり。それは音楽が生き物であることを理解するジョン・カーニー監督ならではの発想ともいえる。教会でのセッションを録音したカナダのカウボーイ・ジャンキーズ、小鳥の鳴き声が聴こえるような田園地帯で録音したイギリスのヘロン、開店前の銭湯(!)で録音した日本のキセルなど、レコーディング・スタジオやライヴハウス以外の場所で録音を敢行したアーティストは古今東西たくさんいるが、そういった作品に特別な愛着を持つマニアックな音楽ファンなら、グレタたちが劇中で作り上げたフィールド・レコーディング・アルバムを実際に聴いてみたいと思うはずだ(乞・商品化!)。
この映画のラストで、グレタとダンは自分たちの作ったレコードの“届け方”について、あるひとつの重大な決断をする。なんでもないことのようにサラッと描かれているが、これは現在の音楽業界の凋落と、そんな時代の音楽家の生き方を、シンプルかつ端的に示している。歌うこと、演奏すること、踊ること、そして聴くことが好きなすべての人に見てほしいと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
『はじまりのうた』は2月7日より公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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