『セッション』
鬼教師の愛の鞭ととるか、ハラスメントととるか。おそらく九分九厘パワハラにしかならない鞭をふるう音楽教師と、徹底的にしごかれる男子生徒の対決を描く『セッション』。罵倒にビンタの嵐で生徒たちを追いつめる教師・フレッチャーを演じたJ・K・シモンズが本年度アカデミー賞助演男優賞に輝き、28歳の若手監督の低予算作ながら、編集賞と録音賞も合わせてオスカー3部門を受賞した注目作だ。
主人公のニーマンは偉大なジャズ・ドラマーを目指して名門音楽大学に入学した19歳。人付き合いが得意ではなく、友だちも作らずに1人で練習に励んでいた彼は、名物教師・フレッチャーに声をかけられる。
異常なまでに演奏の精確さにこだわり、隙を見せた生徒は容赦なく切り捨てる。そんなフレッチャーが指導するバンドにスカウトされるのはミュージシャンとして成功の軌道に乗ったも同然、とニーマンは意気込んで翌朝スタジオに向かうが、彼を待っていたのは想像をはるかに超える修羅場だった。
原題はバンドが練習するジャズ曲と同じ『WHIPLASH』。 鞭紐のことだ。2人に因縁の深い曲であると同時にフレッチャーの厳格さも言い表すタイトルだが、邦題もうまくつけたと思う。様々なパートの演奏者がいるバンドに身を置きながら、指揮者とドラマーがたった2人で勝負し続けているのだから。
芸道の師弟関係に、情は要らない。むしろ非情であることだけが本来のあり方なのかもしれない。フレッチャーはもっともらしく、いい話をしたりもする。優しげな素振りを見せたかと思うと、文字通り張り倒す。一流校に入学したのだから、演奏技術はある程度保証されている。ならば、生き馬の目を抜く音楽業界で潰されないためのタフなハートに鍛え上げようということなのか。
それにしても、何度もフレッチャーの甘言に騙されるニーマンの学習能力のなさは、ちょっと衝撃的だ。上映時間半ばも過ぎれば、大抵の観客は「また始まった」と思うだろうに、人は自分の都合のいいように物事を解釈するという現象をまさに絵に描いたような青年なのだ。そしてフレッチャーは、ひたすら食いついてくる彼を徹底的に苛める。一流になりたいニーマンと、一流に育てたいフレッチャー。「一流に」という妄執で強く結びついた2人のセッションは常軌を逸して、ほとんど倒錯的ですらある。シモンズとニーマン役のマイルズ・テラーの互角の演技バトルは掛け値なしに素晴らしい。
脚本も手がけたデイミアン・チャゼル監督の実体験がベースになっているというが、彼が脚本を手がけた『グランドピアノ 狙われた黒鍵』もピアニストの恐怖を描いたサイコ・スリラーで、チャゼル自身に“ミュージシャンの悪夢”という強いこだわりがあるように思える。
ほとんどが演奏に関わる場面なのに、ホラーのように恐ろしい言葉の数々だけが突き刺さる。この2人にとって、音楽は大切なものなのだろうか? だが、取り憑かれた彼らの死闘がクライマックスにたどり着くと、魔法が起きるのだ。音楽をこういう形で映画にしてみせたのか。驚きに満ちた怪作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『セッション』は4月17日より公開中。
冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。
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