(…前編より続く)4人組バンド、黒猫チェルシーのフロントマンとしてデビューした渡辺大知監督だが、一般的には先日まで放送されていた連続テレビ小説『まれ』の二木高志役など、役者としての顔の方が広く知られているかもしれない。シャイな高志が突然音楽の才能を見せるシーンはこのドラマの大きな見せ場になったし、劇中で彼が結成するバンドのlittle voiceは実際にCDデビューも果した(実質的には黒猫チェルシーの変名バンド)。そのほか、役者としてはCMにも何度か起用されるなど、さまざまな分野でその存在感が重宝されている。
・【映画を聴く】前編/黒猫チェルシー・渡辺大知のマルチな才能が冴え渡る初監督作『モーターズ』
本作では役者でなく、監督/編集/音楽という裏方としての才能を開花させているわけだが、とりわけ音楽の使い方にはこの人らしい個性を強く感じさせる。たとえば主人公の田中が、客として修理工場に現れたミキに恋をしてしまうシーン。ここでは唐突にCOMPLEXの代表曲「BE MY BABY」が流れる。田中の胸の高鳴りを、例の“BE MY BABY, BE MY BABY ……”と繰り返すイントロに代弁させているわけだ。一発ギャグ寸前のジャスト・アイディアに思える荒技だが、これが何ともハマっていて、一度聴いてしまうと「BE MY BABY」以外に田中の心情を表す曲はないのではないかと感じてしまう。
ほかにも本作ではALPACHINOS、ナポレオンジャケッツといったグループや、監督自身や宮田岳(黒猫チェルシーのベーシスト)らが楽曲を提供しており、そのどれもが登場人物たちのルーズな日常を的確に音に置き換えたものになっている。音楽が使われるシーンはそれほど多くないが、そのひとつひとつに必然性があり、映像と切り離せない力強さを持っている。
渡辺大知という人が、そのマルチな才能を今後どういう割合で展開させていくのかは分からないが、本作の瑞々しい仕上がりを見ると、映画監督としてのコンスタントな活動にもおのずと期待が高まってしまう。(文:伊藤隆剛/ライター)
『モーターズ』は11月14日より全国公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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