1977年生まれ。フランスのヨーロピアン・スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツで映画やデジタルアートを学ぶ。在学中に、数多くの短編アニメーションやドキュメンタリー作品を制作し、山形国際ドキュメンタリー映画祭、アニマムンディ国際アニメーション映画祭、アニフェスト映画祭などの海外の映画祭に度々招待され、その実力を認められる。最も影響を受けたキム・ギドク監督に抜擢され、本作で初の長編映画監督デビュー、第26回東京国際映画祭観客賞を受賞した。
『レッド・ファミリー』イ・ジュヒョン監督インタビュー
監督デビュー作でいきなり東京国際映画観客賞を受賞! 鬼才キム・ギドク監督が監督を託した俊英が南北問題を語る
常に折り目正しく穏やかで思いやりに満ちた理想の家族。だが、その実態は北朝鮮スパイによる疑似家族だった! 問題意識に満ちた衝撃的な作品を放ち続ける韓国の鬼才キム・ギドク監督が製作・脚本・編集を担当した『レッド・ファミリー』は、理想の家族を演じる北朝鮮のスパイたちが、隣のダメ一家の人間味あふれる姿に感化され、国家への忠誠心が揺らいでいく姿を風刺とユーモアを交えて描いた感動作だ。
本作が長編初監督作となるイ・ジュヒョンは、フランスで映画作りを学んだ俊英。本作で第26回東京国際映画祭観客賞を受賞したジュヒョン監督に、映画に込めた思いなどを語ってもらった。
ジュヒョン監督:最初の長編の作品で、キム・ギドク監督の脚本を任せてもらえたことに本当に感謝しています。最初にシナリオをもらったときに、そのシナリオが持っている感動やメッセージが非常に大きいものだと感じ、ぜひ挑戦してみたいと欲が湧いてきました。一方で当然のことながら不安はありました。
けれどキム・ギドク監督はとてもユーモラスな方で、私が心配するたびに「大丈夫だよ、君ならできるよ」と勇気づけてくれました。プリプロダクションのときから脚色作業を一緒に手伝って下さったので、そのときにキム・ギドク監督の伝えたいメッセージ等を把握することもできました。その頃から不安がなくなり、この作品を撮れるという自信が湧いてきました。
ジュヒョン監督:キム・ギドク監督が最初に私に伝えたのは「南北問題を扱う映画を撮るときには、他の題材の映画を撮るとき以上に心構えが必要だ。しっかりした姿勢が必要だ」ということでした。その言葉に非常に共感しました。南北をモチーフとした映画というのは、興味本位で作ってはいけない。そうなってしまうとイデオロギーに偏ってしまったり、イデオロギーの正当性を声高に叫ぶような映画になってしまったり、扇動的な映画になってしまう。
なので、キム・ギドク監督は南北の統一を願う気持ちが大切だと言っていました。そして、そんな願いを込めてこの映画をスタートさせました。南北をモチーフにした場合、それだけに頼ってしまうと危険なものになってしまうと思います。なので南北のモチーフを活かすために、体制のなかに置かれている人間に焦点を当てるべきだと思いました。そうすることによってメッセージが伝えられると思いました。これは南北に限った話ではなくて、南北を離れた世のなかにも通じる物語だと思います。もし南北に限った物語ですと、我々にしか共感できないものになってしまいますが、本作は全世界の皆さんに共感していただける物語だと信じています。
ジュヒョン監督:シナリオを受け取ってから演出するまでの過程で、さまざまな要素を考慮しました。
例えばシナリオにはアクションやラブストーリーがありましたが、果たしてどこを膨らませて、何を削ったらいいのかが課題でした。完成した作品を見て、なぜアクションの部分を短く簡単にしたのかとがっかりした人もいます。言い訳になるかもしれませんが、それは私の意図で、重心を失わないために、登場人物の葛藤やジレンマに焦点を当てたのです。体制を壊すこともできず、かといって体制のなかに留まることもできない、そんなジレンマです。
この映画には、北の人物は北にいる本当の家族のために偽装家族を演じ、(隣人である)南の家族を殺せという指令が出ても南の家族を慕うという興味深い構造がありました。そのなかで葛藤する人たちの人間味の描写が、演出上、一番大切でした。
監督:キム・ギドクフィルムのシステムで撮影期間は短く、12日間でした。そのため1日に20シーン以上撮影しなければならない日が多かったです。それ自体がとても大変でしたね。徹夜をすることも多々ありました。
北朝鮮スパイによる理想の“疑似家族”と、韓国のダメ家族が暮らす、隣同士の2軒の家は隠喩的に表現しました。例えば2軒の家の間にある塀は低いのに両家はなかなか行き来ができない。面白いですよね。見守ったり、音が聞こえたりするのに、最初は塀を越えません。でも少しずつ、チョコレートが越え、鳥が越え、誕生日には2軒の家が交わり、低い塀が(心理的に)少しずつなくなっていきます。それが現在の南北の空間の概念だと思っていただければいいです。
監督:韓国だけでなく、イスラエルなど様々な国で戦争・紛争が起きています。朝鮮半島も、地理的特徴によって以前から3国、広くは中国やロシアまで、実に問題が多く、つらい歴史を持っていると思います。でも、だからこそ国と国がお互いを思いやるべきではないでしょうか。人類の歴史に戦争はつきものなのか、紛争はなくならないのかと本当に悩ましいです。
さらに多くのものを所有し豊かになりたいというのが人間の欲ではありますが、その欲求を満たすためには相当の犠牲が伴うものだということを忘れてはいけないと思います。何かを手にするのは容易ではなく、分け合うことも難しいものですが、お互いが少しずつ譲り合ってでも、朝鮮半島もヨーロッパのように平和になってほしい。それでこそ、個人のトラウマも消えると思います。国際関係による苦しみが個人に及ぶことが多いので、そんなふうに願っています。
監督:どういうところが評価されたのか私には分かりませんが、観客賞が取れたらいいなと期待はしていたんです。だから、実際に受賞できて良かったです。そして真実は通じるのだなと感じました。私がこの作品で重点を置いたのは、表向きの姿ではなくて心の痛みの部分だったのですが、そういった部分は国籍を問わず通じるものなんだなと思いました。
監督:この映画は家族の心の痛みとユーモアを持ち合わせた作品です。笑いで始まり悲しみで幕を下ろすという2つの要素を持っています。温かい人間味が伝わることを願っています。
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