テンプル大学で映画を学び、『未知との遭遇 』(77年)、『ディア・ハンター』(78年)などの名カメラマンヴィルモス・ジグモントの下でライティングを学ぶ。1984年に『ビクトリーハウス』という第2次世界大戦後のオハイオの田舎町に戻った3人の若者の運命を描いたドキュメンタリー映画を作り、いくつかの賞を受賞。その後、トラベル撮影の専門家としてナショナルジオグラフィック、スミソニアン、アイランド・マガジンなどのために映像を提供していた。『パーソナル・ソング』(14年)で監督デビューを飾る。
『パーソナル・ソング』マイケル・ロサト=ベネット監督インタビュー
認知症での音楽療法の劇的効果を知らしめ、人々を号泣させた傑作ドキュメンタリー。奇跡のようなブレイク秘話を監督が明かす
高齢化が急速に進むなかで大きな社会問題となっている認知症。日本でも高齢者の4人に1人、約400万人以上が認知症を抱えているとされるが、音楽がその症状の改善に大きな効果をもたらすことはご存じだろうか?『パーソナル・ソング』は、音楽療法の劇的な効果を世に知らしめるドキュメンタリー映画だ。
娘の名前も忘れ、日々うつろな目で老人ホームの片隅に座り続けている老人。だが、若い頃に好きだった思い入れのある音楽、パーソナル・ソングを聞いた途端、瞳が輝き、饒舌に思い出を語り始める姿は衝撃的ですらある。あるいは、認知症を患う自分を嘆き、暗い日々を送る女性が、パーソナル・ソングを聞くや、笑顔でダンスを始める──。
思わず「やらせ」なのではないかと疑ってしまうほどの効果にただただ驚かされる本作は、インディペンデント映画の登竜門とも言われる栄誉あるサンダンス国際映画祭で人々を号泣させ、ドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した話題作だ。
人々の理解をなかなか得られないまま3年もの月日をかけて製作したこの労作について、マイケル・ロサト=ベネット監督に話に語ってもらった。
監督:初めて取材に行ったのは、600ものベッドがある老人ホームでした。その廊下には80人ほどの老人たちがズラリとならび、うつむいたり騒いだりしていて、正直、早く抜け出したいと思いました。けれど、(映画にも登場する)ヘンリーという名の老人の様子を目の当たりにして、考えが一変しました。
iPodでパーソナル・ソングを聞いたヘンリーが覚醒していく姿に鳥肌が立ち、涙がこみ上げてきたんです。そして、「このストーリーをみんなに伝えなければいけない!」と思ったんです。
監督:認知症やアルツハイマーの人々に音楽を聴かせる音楽療法を広める活動は(この映画の中核となる人物)ダン・コーエンが始めたのですが、受け入れてくれる老人ホームは、当初、4件ほどしかありませんでした。2年くらいはそんな状態で、もうダメなんじゃないかと何度も思いました。良いアイデアはあるのにそれが実現しない、ストーリーになっていかないことに大変苦しみました。
監督:ダンのために、最初3つのクリップ映像を作りました。実はヘンリーの動画はそのなかにも入っていなかったんです。それをダンのWebサイトに載せたのですが、はじめは全然反応がありませんでした。けれど、ある人がreddit.comという動画サイトに載せてくれたところ、一気にブレイクしたんです。その人が勝手に載せてくれたんですよ。
監督:実は、掲載されたことは転載された直後に知っていたんです。息子がreddit.comのファンで、ある日、「お父さんの映画が話題になっているよ」と教えてくれたんです。その時は320回再生をマークしたところでした。でもその夜に800回再生され、翌朝にはなんと17万回になっていたんです! 翌日の晩には130万回になって、それからCNNをはじめ、カナダ、オーストラリア、インドネシアなど世界各国のメディアからの連絡を受けました。その動画は結局、1週間で700万回も再生されたんです。
監督:人々に認めてもらうのはアーティストにとってこれ以上ない喜びです。これだけの人に見てもらえて、もう明日死んでも思い残すことはないという気持ちでした。
監督:ヘンリーの動画がブレイクしてから、映画の完成までに1年半くらいかかりました。それまでにもいくつかの映画祭に応募してダメだったので、サンダンス国際映画祭に応募するのもためらっていたんです。100ドルのエントリー料がもったいなくて……。でも、締め切りの日の夜、妻に説得されて応募することにしました。でも、気づいたときにはフェデックスがしまっていて、妻が、まだ開いている郵便局を見つけてくれて走っていったんです。閉まる直前に到着したのですが、サンダンス映画祭から正式招待の知らせが届いたときは、夢見ているような気持ちでした。
監督:老人介護における大きな問題点は、向精神薬に頼りすぎていることです。老人ホームの患者の20%が向精神薬を使用していますが、ヘンリーのような患者にとっては、音楽療法こそが、精神的にも経済的にも最も効果があるのです。
監督:私も映画を撮り始めた頃はそう思っていました。でも、アルツハイマーや認知症になっても感情は傷つかずに残っているんです。生活に音楽を取り入れることで、多くの人はもっと生き生きと生きられるのです。それを、多くの人に知ってもらいたいですね。
監督:実は私は若い頃、とても苦しんで心を閉ざしてしまったことがあります。その心を、なんとか開いてもらったわけですが、その経験から、「人生は、思ったよりもずっと素晴らしいものだ」ということを多くの人々に知ってもらいたいと願っています。
それから、世のなかには人間が育んできた深い知恵があります。それを言葉にしたものが宗教で、音にしたものが音楽だと私は考えます。言葉は(伝える人によって)ねじれてしまうことがありますが、音楽はねじれません。音楽は、私たちを導いてくれる智恵なのだと思います。私は、そう信じています。
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