【映画業界研究】俳優は不要? キャメロン監督新作『アバター』の全貌に迫る

中瀬桂子(Nakase Keiko)……(20世紀フォックス映画 マーケティング本部・本部長)。日本ヴィックス株式会社、クラフト・ジャパン株式会社、パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン株式会社など、外資系企業を経て、2007年、20世紀フォックス映画へ。現在、マーケティング本部長。大阪府生まれ。
中瀬桂子(Nakase Keiko)……(20世紀フォックス映画 マーケティング本部・本部長)。日本ヴィックス株式会社、クラフト・ジャパン株式会社、パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン株式会社など、外資系企業を経て、2007年、20世紀フォックス映画へ。現在、マーケティング本部長。大阪府生まれ。
中瀬桂子(Nakase Keiko)……(20世紀フォックス映画 マーケティング本部・本部長)。日本ヴィックス株式会社、クラフト・ジャパン株式会社、パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン株式会社など、外資系企業を経て、2007年、20世紀フォックス映画へ。現在、マーケティング本部長。大阪府生まれ。
『アバター』より。映っているのは、『ターミネーター4』でマーカス・ライトを演じたサム・ワーシントン
(C) 2009 Twentieth Century Fox. All rights reserved.
ジェームズ・キャメロン監督(左)とサム・ワーシントン(右)
(C) 2009 Twentieth Century Fox. All rights reserved.
『アバター』より。ジェイク(左)とナヴィの族長の娘ネイティリ(右)
(C) 2009 Twentieth Century Fox. All rights reserved

この冬一番の話題作にして、3Dや視覚効果を駆使した大作として、使われている技術から興行の行方まで、あらゆる面で映画界から注目を集めている作品──。それが、12月23日(水・祝)より公開となる『アバター』だ。

『アバター』は『タイタニック』のジェームズ・キャメロン監督の12年ぶり新作。1997年に公開された『タイタニック』は、アカデミー賞史上最多11部門に輝いたほか、全米興収6億ドル(約540億円/1ドル90円計算)、全世界興収18.4億ドル(約1656億円/1ドル90円計算)と、共に歴代1位を記録。今なお、その記録が破られてないお化け映画だ。日本でも興収262億円と、日本公開の洋画では1位をキープし続けている。

だが、納得いくものを作るというこだわりゆえ、ギリギリまでポストプロダクション(映画の仕上げ)作業を続けるのもキャメロン流。それゆえ今回も、公開まで1か月を切った今なお、その全貌はベールに包まれたままだ。そんな『アバター』の世界を、日本で1番知り尽くしている20世紀フォックス映画 マーケティング本部・本部長の中瀬桂子氏に語ってもらった。

宣伝は、超タイトなスケジュール続き

徹底した作り込みが行われ、ギリギリまで製作作業が続けられている『アバター』。良い作品になればとは誰もが思うが、そうとばかり言ってられないのが宣伝スタッフだ。宣伝が遅くなれば遅くなるほど、『アバター』という映画の認知度が、一般に広がっていかないからだ。そんな難しいポジションを担っているのが中瀬氏。「大変なのでは?」との質問には、躊躇なく「ものすごく(笑)」という答えが返ってきた。

「まずは、大変なことからお話ししましょう。監督は非常にこだわる人で、ポスター1つの承認を取るにも相当な時間がかかってしまうんです。例えば、全世界共通の縦型ポスター。この承認が降りたのも、実は先週末(11月21日)のこと。最初に私が原型を見たのが9月でしたから、完成まで2か月半もかかっていることになりますね。
 なぜ時間がかかるかというと、アメリカ本社も監督の指示通りに修正しては、毎日のように見せているのですが、映画の製作自体が遅れていて、もらえる時間が少ないから。短い時間に見せては意見を伺い、また変更という繰り返し。最終的にはデザインも相当変わり、原型を留めていないくらいになりました」

こうしたポスターなどの紙による宣伝物は、すべて世界共通のデザインとなる。一方で、日本のマーケットにカスタマイズされているのが動画素材だ。

「予告編やテレビCMなどは、日本のために作ってもらっています。というのも、日本で今年9月に調査した結果、日本人は単なる戦闘シーンにはあまり感動せず、『よくあるCGの戦闘シーンでしょう』という反応を示すことがわかってきたからです。日本人にとって大切なのは、戦闘ではなく、戦闘に至る理由。なぜ、主人公が戦い、なぜ悩んでいるのか? そうした説明があると、すごく興味を持っていただけるんです。だから、日本で流すCMに関しては、まず、設定をきちんと説明しましょう、と。ただ、説明するには、この映画の設定が長めなので、ドラマ仕立ての90秒×3本のCMを流したわけです」

この90秒CMが流れるまでのスケジュールも、タイトそのものだ。

「もちろん、事前にこういうCMを流す承認はとっていましたが、最終的に中身の承認が下りたのは、放送の2週間くらい前。こちらも、スケジュールはギリギリで、『90秒のテレビスポット枠を獲得するには、今日中にオーダーを出さなきゃ』『今、OKしてくれないと無理』といった会話を、毎週のように電話会議でしたり。『もうちょっと待って』『いや、待てない』なんてやりとりを繰り返しながら作って、『あ〜、間に合った』って感じでしたね」

ただの戦争映画でも、戦う映画でもない

ここで簡単に、『アバター』について説明しておこう。舞台は22世紀。人類は地球から遠く離れた衛星パンドラで、<アバター・プロジェクト>に着手していた。そこは大自然に彩られた魅惑の星で、プロジェクトの目的は、この星で採れる1キロ20億円にもなる鉱物だ。だが、パンドラには人間にとって有毒な大気があり、人類はそのままでは手も足も出せない。そうした問題をクリアさせるのが、この星に住む先住民ナヴィと人類のDNAを組み合わせた肉体<アバター>。パンドラを動き回れる体を作り出し、そこに人の意識を送り込むというプロジェクトだ。やがて、元海兵隊員のジェイクがプロジェクトに参加することになる。足の不自由なジェイクは、もう1度、自分の足で歩きたいと思っていたからだ。かくして彼は、無事アバターへと意識を送り込むことに成功し、パンドラの地へと降り立っていくが……。

物語の核となるのは、このジェイクと、彼がパンドラの地で出会うナヴィの族長の娘ネイティリ。2人は恋に落ちるが、ジェイクには果たさなければならない任務が残されている。そのことがジェイクを悩ませ、ある決断を迫られることになる。

中瀬氏が大切にしているのが、こうした物語を伝えることだ。「先ほどもお話しした調査の際に、映像を10代〜50代に見せたんです。彼らの反応で共通していたのが、物語設定を説明したら、多くの方がものすごく見たいと仰ってくれたこと。これまでも質的調査をやってきましたが、映像を見て、ここまで評判が良かった作品は今までにありませんでした」

「アメリカ本社のインターナショナル部門も、他国とは異なる日本の特殊性を理解してくれている」と中瀬氏は話す。「ただの戦争映画でも、戦う映画でもない。ここには、地球人が異星人を滅ぼそうとしている一方、別の地球人が異星人のために戦おうとするドラマがある。一番難しいところですが、その部分をみなさまに、ご理解いただけるようお届けしたい」。

だが、異星人のナヴィが物語の核になっていることも、宣伝には決してプラスに働かない。

「ナヴィの人たちは10分以上見ていると可愛く思えてくるし、感情移入もできる。けれど残念ながら、お見せできるのは、せいぜい30秒、60秒、90秒といったCMなどの短い時間。その間に感情移入してもらうのはなかなか難しいので、予告編やテレビスポットなどでは、人間が出てくるシーンを増やすように心がけていますし、ナヴィたちの交流部分も、なるべく美しいシーンを入れるようにしています。それと、人間には空を飛びたいという根源的な欲求があると思うので、ナヴィがバンシーという鳥にまたがり空を飛ぶシーンも多くし、この映画が持っている爽快感やワクワク感のようなものを伝える努力もしています」

シガーニー・ウィーヴァーも驚くSF的撮影方法

『アバター』が注目されているのは物語ばかりでない。最新の技術が使われていることも、映画界が注目する理由だ。中でも特徴的なのが、1から開発したといわれる3Dカメラ。「3D映画元年」と呼ばれる今年、常にその中心にあり、3D対応の劇場数を増やしてきたのが『アバター』なのだ。この映画にとっても、そこは大事なところ。

「戦略的に言うと3Dは、最後のひと押しとして考えています。まずは、素晴らしいスペクタクルドラマ。次いでアクションアドベンチャー。最後に、そうした世界が3Dで見られますという順番で話すようにしていますし、“大人が見られるはじめての3D”という点も押していく予定です。宣伝に占める比率で言えば、全体の30〜40%は3Dであることを伝えるために費やす。やはり、ここは、他の作品と差別化できるポイントですから」

3Dで見られるスクリーン数も、『アバター』は過去最高となりそうだ。「この時期の3D対応スクリーン数は約270。『カールじいさんの空飛ぶ家』など3Dで上映されるライバル映画もありますが、限りなく270の全スクリーンを押さえてもらえるよう、交渉中です」と中瀬氏。2D(通常上映)も入れた上映スクリーン数も約850スクリーンと、最大規模の予定だ。

さらに『アバター』では、パンドラの先住民であるナヴィたちが特殊メイクではなく、すべてCGで描かれていることもポイントだ。ここで使われているのがモーションキャプチャーという技術。体中にマーカーを着けた俳優が動くと、その動きがそのままコンピュータ内に3Dデータとして取り込まれ、その点と点を面にして立体化。最後はレンダリングという表面を作る作業を加えていく。現在公開中の『Disney’s クリスマス・キャロル』などの作品が、この技術をベースに作られている。

だが今回は、これをさらに発展させたエモーションキャプチャーという技術が使われ、体の動きのみならず、表情までもがマーカーを着けて演技した俳優そのものになっていくところがポイントだ。

撮影方法も未来的だ。『アバター』のキャストの1人であるシガーニー・ウィーバーが、この映画のプロモーションで来日したときに、「スタジオで1シーンのマスターショットを撮り終えると、そのシーンの出番は終わり。後日、監督が、今度は俳優のいないスタジオに来て、別のカメラを使ってクローズアップや別角度を撮影していく。そんな撮影ができるなんて、本当にSF世界」と語り、集まった記者たちを驚かせていたが、そのSF的撮影方法についても触れておこう。

一般的にアメリカでは、1つのシーンを撮影するときに、まずは、そのシーンの頭から終わりまでを通したマスターショットを撮影する。その後、この部分はアップで、この部分は別角度でといった具合に、細かくカットを割りながら撮影を続ける。だが、俳優の動きをデータに取り込み、“ボリューム”というシステムを使えば、1度取り込んだ360度の立体データがあるため、その後の撮影には俳優を必要としないのだ。

点として取り込まれたデータは、その後、人の形に加工される。監督はスタジオに来てカメラを回すと、モニターには、演技をしている俳優のCGデータが映るといった具合だ。実際、アメリカでこの撮影を目の当たりにしたという中瀬氏は、その風景に驚愕したと振り返る。

「モニターを見ながら、『これはいらない。これは使おう』といった作業をやっていたんですね。でも、そのときはまだ、全然映像を見せてもらっていないときだったので、一体、これはどうなるんだろうと思っていました」

ちなみに、そのとき、撮影スタジオとして使用していたのはボロボロの体育館。中瀬氏はそんなところで作業しているキャメロンに対し、「自分の居住環境にお金をかけるのではなく、きちんと映画にお金をかけていると知って、一番感動しました」と笑う。

構想14年、製作4年。映画が持てるあらゆる技術を結集し、キャメロンが渾身の力を込めて作っている『アバター』。最後に中瀬氏に興行目標を語ってもらった。

「洋画は今、興収70〜80億円を突破するのが本当に難しい時代になっています。それでも、この映画は、ここ1〜2年で1番ヒットした映画にしたいと思っています」

昨年、洋画のトップだった『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』は興収57.1億円。今年のトップは『ハリー・ポッターと謎のプリンス』で興収80億円。狙うは『ハリポタ』超えだ。「できるかどうかはともかく、狙うのはただ。志は高くありたい」と中瀬氏。公開直前にはキャメロン監督の来日も予定されている。目標に向け、準備は着々と進んでいるようだ。

(テキスト:安部偲)

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