1984年、滋賀県出身。中学生の頃より自主映画制作を始める。2009年、映画製作団体を結成。18年に初の劇場用長編『カメラを止めるな!』が大ヒットとなり、19年に映画の企画・製作会社「PANPOCOPINA(パンポコピーナ)」を設立。以来、『スペシャルアクターズ』(19年)、21年『100日間生きたワニ』、オムニバス映画『DIVOC12』の「ユメミの半生」編ほか数々の話題作を手掛ける。待機作として脚本を務めた『永遠の1分。』が22年春公開となっているほか、このほど『カメラを止めるな!』が、『アーティスト』のオスカー監督ミシェル・アザナヴィシウスにより『Final Cut』のタイトルでフランス・リメイクされることが決定している。
テーマやメッセージを監督がはっきり言うと答えになっちゃうので、秘密(笑)
興行収入31億円をたたき出した『カメラを止めるな!』(2018年)で頭角を現した新鋭・上田慎一郎監督。脚本も兼任した最新作『ポプラン』(1月14日公開)は、ファンタジーあり、笑いあり、人間ドラマありの異色のロードムービーだ。『メランコリック』でプロデューサー&主演を務めた皆川暢二が主人公の田上役を演じた。
漫画配信サービスを行う企業を経営する田上。成功者として注目される彼は、ある朝自分のイチモツが失くなっていることに気づく。困り果てた末に同じ境遇の人々が集う「ポプランの会」に参加した田上は、6日以内に捕獲しなければ致命的な事態に陥ることを知り、かすかな夢の記憶を頼りに家出をしたポプランの行方を追うことに。
映画実験レーベル「Cinema Lab(シネマラボ)」の1本となる本作。10年間の温存期間を経て制作に至った経緯や、その想いについて上田監督に振り返ってもらった。
・『カメラを止めるな!』のコンビが“笑いの力”を武器に東日本大震災と向き合う『永遠の1分。』特報映像公開
監督:実は10年前に思いついた話だったので覚えてないんです。まだ20代後半で、フリーで教えながら自主映画を作っていたのですが、その頃は一週間に一本オリジナルの企画を考えることを自分に課していて、その時に思いついた奇抜な1アイデアでした。“ある朝起きたら自分のアレがなくなっている”から始まる物語を書こうと考えて、その時に脚本まで書いたんです。そうしたら自然と「自分の地元に戻って…」というロードムービーになりました。
監督:当時はお金もなかったですし、映画になる感触がつかめなかったんです。このままだと長いコントになるなぁという感じ。この10年間で、特に“カメ止め”以降は「オリジナル企画を一緒にやりましょう」と言ってもらえる機会も増えてはいたのですが、特殊な題材なのでなかなか通ることもなく(笑)。今回は「シネマラボ」からお声がけがあって、このアイデアを提案したところ了承いただいたので作ることになったと。これまでに僕自身もいろんな人生経験を踏んできたので、それを作品に入れ込むことができれば映画になるなと考えました。
監督:僕自身が最初からはっきりとしたテーマやメッセージから出発して作るタイプではなくて、脚本を書くうちに自分の考えやメッセージを見つけてそれを輪郭付けていくような感じなんです。僕の中ではこうだなというものはあるんですけど、今回の映画は解釈の余地を広くしておきたいので。それに監督がはっきり言うと答えになっちゃうので、秘密(笑)。
監督:(笑)。例えばいろいろな感想があって、男性が唯一コントロールできない、もしくはできない時がある部位ってポプランなんですよ。そういうことを感じたとか。あとは、男女問わずに年をとるにつれて自分自身の体が言うことをきかなくなってくるじゃないですか。そういうことを感じましたとおっしゃる方もいました。他にはジェンダー観を感じたという方もいらっしゃいましたし、男性らしさを取り戻す話にも見えるし、男性らしさから解放される話にも見える。そういう見る人の価値観によって受け取り方が変わる映画になってくれたなって思います。
監督:それも正解の一つだと思いますよ。僕自身“カメ止め”以降にプレッシャーやいろんな人の意見を受け止めすぎてしまって、「自分がどう思ってるか」とか「自分が誰なんだ」というのが分からなくなった時期があったんです。それが映画に滲み出てはいますね。
監督:まあそれは毎回ある程度そうですね、自分の場合は。今回は主人公にしているので、自分への重ね方は今まで以上に大きいかもしれないです。劇中で田上が実家で読む学生時代の漫画ノートは僕が学生時代に書いていた実物です。でも「俺、絵は上手くないんだなー」と思って、才能の限界に気がついてやめたんですよね(笑)。田上の自室の漫画が並ぶ本棚も、本当に実家の自分の部屋の本棚を再現したようなラインナップです。
皆川さんが発信している言葉を拝見して、この人にしようと決めました
監督:理由の一つは、撮影前から肩を組んでがっつり取り組んでもらえるだろうと思ったこと。もう一つは成功と壁の両面を知っているだろうなと思ったからですね。『カメラを止めるな!』の翌年に『メランコリック』が公開され、インディーズ映画として同じようにヒットしたので、成功の味もその後に訪れる壁の大きさも知っているだろうなって。『メランコリック』も観ていましたし、作品に関して皆川さんが動画なり記事なりで発信している言葉を拝見して、この人にしようと決めました。
監督:キャラクターですかね、まずは。ポプランを失う前はどれくらい性悪にやるのかとか、失くした時のリアクションなんかは正解を誰も知らないので(笑)。どういう感じだとリアリティが出るのかなとか。それと人間関係や田上の背景というのをあまりはっきり説明していないのですが、友人や奥さんとの歴史年表みたいなものを一緒に作ったりしましたね。基本的に設定が滑稽なので、「とにかく演じる時は真剣に演じるのが正解ですね」ということは大前提として話しました。
監督:まずあらすじが結構インパクトが強いじゃないですか。これを過去2作の『カメラを止めるな!』とか『スペシャルアクターズ』みたいなトーンで描くと、それこそライトなものになってしまうなと。だからあらすじとは相反する手つきで仕上げるべきだというのは最初から考えていました。僕自身ちょっとドラマチックなヒューマンドラマを正面から描くことに照れみたいなものがあるんだと思うのですが、今までやってこなかったことを今回はやろうというのはありましたね。
監督:海辺のシーンは神奈川県の三崎で撮影しました。夢を見ているような感覚が全体に漂っていた方がいいなと思っていて。行ったことはあるけれど次に通りかかったらなくなっていたとか、なんか幻の神社に見えそうな神社を探していたんですが、まさにぴったりでしたね。ポプランの海上シーンはもともとの台本にはなかったのですが、ロケ地探しで理想的な海沿いの神社が見つかったのでやってやろうと決めて。なんか海って初心を思い出しませんか? だから海沿いの場所で行こう、と。
監督:決めづらいところではありますが、終盤のとあるシーンで皆川さんの顔面が“どアップ”になるシーンがあるんです。もう本当に芝居というよりかは何かと戦っているような。何かすごいものが撮れてしまったなと。そこがとても印象深く残っていますね。
監督:多分もう自分の世界の見方がそうなってるんだと思いますね。影響は多々あるんですけれども、喜劇的なヒューマンドラマでは、ビリー・ワイルダーやその師匠にあたるルビッチなんかの、昔のアメリカ映画のロマンティック・コメディやスラップスティック・コメディといったような作品が好きなんです。そこらへんの影響と、タランティーノとかブライアン・デ・パルマとか90年代以降の作家性の強い監督たちの混合でできているような気はします(笑)。でも自分しか作れないものをと思っているので、その誰かを目指そうとはしていないですね。
監督:あらすじを聞いて「何それ?」と思うかもしれませんが、そこからは想像できない ような上質さを目指した映画となっています。子供からお年寄りまで楽しめますし、見る人によって感想が変わる映画かなと思っていますので、見た方同士で語り合うところまで楽しんでいただけたらと思いますね。
(text:足立美由紀)
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