『ジェーン・エア』キャリー・ジョージ・フクナガ監督インタビュー

名作文学を映画化した若き才能、34歳の新鋭が語る映画作りとは?

#キャリー・ジョージ・フクナガ

2人の絶望と求め合う気持ち、この迫力が観客にも伝わることを願っている

19世紀半ばのイギリスで、不幸な生い立ちにも負けず、自分の尊厳を守りながら、強く激しく愛に生きる若きヒロイン。シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」が時代を超えて愛され続ける理由は、ひとえにこのジェーンの魅力にある。

これまで映画やテレビ映画として何度も映像化されてきた名作を改めてスクリーンに蘇らせたのは、アメリカを目指す中南米の若者たちの壮絶な旅を描いた『闇の列車、光の旅』で鮮烈なデビューを飾ったキャリー・ジョージ・フクナガ。

『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカをヒロインに起用した最新の『ジェーン・エア』は、忠実に19世紀を再現しながら、21世紀に生きる若い女性がためらわずに共感できる現代性を併せ持つ。長編第2作にして、壮大なエピックに新しい風を吹き込んだ34歳の新鋭、フクナガに話を聞いた。

──3何度も映画化されてきた名作を、あえて手がけようと思ったのはなぜでしょう?

フクナガ:ストレートな映画を作ることに挑戦したかったから。僕はフィルムスクールでは撮影を中心に学び、そこで作ったのはヴィジュアル重視の実験的な作品が多くて、ほかの学生から批判されたりもした。でも、『闇の列車、光の旅』でストーリー性のあるものも作れることを証明した。今度は古典的なスタイルの映画を作ってみたいと思ったんだ。カメラを据えて俳優たちに演じてもらい、何が起こるのかを見届ける。余計な手を加えずにね。
僕はあまり感激屋じゃないけれど、ミアと(相手役でエドワード・ロチェスター役の)マイケル(・ファスベンダー)の共演シーンには涙が出そうになった。2人の人物の絶望と求め合う気持ち、この迫力が観客にも伝わることを願っている。

──過去の『ジェーン・エア』に較べて、ミア・ワシコウスカはヒロインと実年齢が近いですね。

フクナガ:ミアは役を演じる才能だけじゃなく、役に対するアイディアも持っていた。この役のために全て投げ出す覚悟で臨んでくれた。

原作の精神に忠実に、しかも現代的なアプローチをする映画を作りたかった
──150年以上前に書かれた物語ですが、いわゆる“時代劇”を見ている気はしません。特にジェーンと同世代の女性観客は、ヒロインの闘いに大いに共感するはず。映像はまるで19世紀半ばのダービシャー州にワープしたかのようにリアルなのに、この作品からはある種の同時代性を感じます。

フクナガ:ジェーンが直面する困難の多くは今の時代にも共通するもの──解放と平等の希求だからじゃないかな。大仰な表現を避けるよう、心がけたからかもしれない。ミニマルで控えめな表現を目指したので、派手なメロドラマっぽさはあまりないと思う。原作の精神に忠実に、しかも現代的なアプローチをする映画を僕は作りたかった。若いヒロインが艱難辛苦を乗り越えて、愛と本当の家族を見つけるというテーマは『ジェーン・エア』にも『闇の列車、光の旅』にも共通するね。

── 劇中の空の色の変化が印象的です。まるでジェーンの心を代弁するように嵐が起きたり、晴れわたる日も訪れたり。

フクナガ:ああ、あれはほとんどがデジタル処理したものなんだ。イギリスの気候は本当に不安定で、撮影中も曇っていてほしいときには晴れるし、青空が撮りたいときには曇っていた(笑)。でも、そうした風土がこの物語を形成しているとも言えるね。
ジェーン・オースティンの世界みたいな、牧歌的で緑がきれいな田園風景は絶対にやりたくなかったんだ。凍りつくように寒々しいダービシャーを描きたかった。風景にこだわるのは、人は何らかの形で出身地の風景や気候に影響を受けていると思っているからだ。性格や物腰、ユーモアのセンスとかね。ブロンテ姉妹も厳しい環境に暮らしていたけれど、それは彼女たちの書く物語に無意識のうちに反映されていると思う。

──文庫本でも分厚い上下巻になる原作を、大胆に脚色しましたね。

フクナガ:2時間の映画、6時間のテレビミニシリーズ、自分のペースで読める原作。同じ物語でも、語り方はそれぞれ違う。だから、全体を再構成するような感覚で構築していった。代表的とも言える名場面をカットしたので、熱狂的な原作ファンの怒りを買ったかもしれない。

──その代わり、これまでの映画化ではカットされがちだったセント・ジョン・リヴァースと妹たちのエピソードが盛り込まれていますね。ジェーンは家庭教師として雇われロチェスター家の当主エドワードと恋に落ち、結婚直前に彼の秘密を知る。そして、屋敷を飛び出したジェーンが身を寄せるのがリヴァース家です。

フクナガ:ジェーンの成長を描くうえで重要なパートだと思ったんだ。ジェーンはやがて、セント・ジョンとエドワードのどちらを選ぶかという決断を迫られる。

北海道で英語とフランス語を教えていたけど、いい教師じゃなかった

──エンディングも斬新です。

フクナガ:あの場面は編集者もフェイドアウトで終わらせようとした(笑)。『フェイドアウトは無し』と念を押したよ。スローの壮大な曲を用意した作曲家には『だめだめ、ここは静かに』って。クレーン撮影もなし、変に盛り上げようとする効果は一切なしにした。何故って、それは予定調和になるから。そうした要素は意識的に排除した。物事に“!”を付けていくような表現は嫌いなんだ。

───ご自身についてうかがいます。カリフォルニア大学サンタクルーズ校では歴史を学び、フランスのグルノーブル政治学院を経て、ニューヨーク大学で映画を学んだという経歴は異色ですね。

フクナガ:子どもの頃から映画を作りたいと思っていたけれど、同時にいろいろな経験もしたかった。大学で映画を専攻しようとは考えもしなかったよ。そんなのはつまらない。視野を広げたかったから、政治と歴史を学んで、フランスに留学して、スノーボードをやって……と、いろいろ挑戦してみた。大学卒業時には軍隊に入ろうかと考えたこともあったな。22歳のとき、半年間日本に住んだこともある。北海道で英語とフランス語を教えながら、スノーボードをやってたよ。でも、あんまりいい教師じゃなかった。会話レッスンで生徒にややこしい質問ばかりするので、しょっちゅうクビになってた(笑)。

──何事にも多様性を求めるのですね。

フクナガ:そう。撮る映画のジャンルもできるだけ幅広いものにしたい。SFでも歴史ドラマでも。次回作についてはいろいろな企画を検討中なんだ。これまで同じ撮影監督と3本一緒に仕事をしてきたけど、次の作品ではたぶん別の人と組むことになると思う。どんな変化がもたらされるか、今はそれが楽しみだね。

(text=冨永由紀)

キャリー・ジョージ・フクナガ
キャリー・ジョージ・フクナガ
Cary Joji Fukunaga

1977年日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれる。カリフォルニア大学サンタクルーズ校を卒業後、フランスのグルノーブル政治学院を経て、ニューヨーク大学で映画を学ぶ。短編映画『Victoria Para Chino』(04年)が国際的に高く評価され、09年に『闇の列車、光の旅』で長編映画を初監督。この作品がサンダンス映画祭のワールドプレミアで上映され、米国ドラマティックコンペティション部門で監督賞を受賞、その他様々な映画賞を受賞した。

キャリー・ジョージ・フクナガ
ジェーン・エア
2012年6月2日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開
[製作総指揮]クリスティーン・ランガン
[監督]キャリー・ジョージ・フクナガ
[脚本]モイラ・バフィーニ
[撮影]アドリアーノ・ゴールドマン
[美術]ウィル・ヒューズ=ジョーンズ
[衣裳]マイケル・オコナー
[原作]シャーロット・ブロンテ
[出演]ミア・ワシコウスカ、マイケル・ファスベンダー、ジェイミー・ベル、ジュディ・デンチ
[原題]JANE EYRE
[DATA]2011年/イギリス、アメリカ/ギャガ/120分
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