1953年12月3日、南仏マルセイユ近郊の小さな港町エスタックに、アルメニア人の港湾労働者の父とドイツ系の母の間に生まれる。71年、エクサン=プロヴァンス大学に入学し、映画への関心を深める。その後、パリの社会科学高等研究院に進み労働運動にも積極的に関わる。80年に処女長編『Dernier ete』を作り注目を集める。97年に監督した『マルセイユの恋』はセザール賞の作品賞、監督賞にノミネートされた。社会派ながらも、ありのままの人生をさらりと描く作品作りが印象的。彼の作品は、現在、フランス映画の大きな流れのひとつとなっている「地方発映画」の流れを加速させる原動力にもなっている。
『キリマンジャロの雪』ロベール・ゲディギャン監督インタビュー
地方発映画の流れを加速させるフランスの名匠。彼が訴える、現代社会の問題点とは?
つつましくも幸せな日々を送ってきた熟年夫婦。だが、夫がリストラされ、さらに強盗に押し入られるという不運に相次いで見舞われてしまう。しかも、強盗犯は夫の元同僚の青年。やがて、犯人の青年は、夫と同じくリストラされ、幼い2人の弟を抱えて生活に行き詰まっての犯行だったことが明らかになってくる……。
フランスの港町マルセイユを舞台した『キリマンジャロの雪』は、厳しい状況にあっても人を思いやることの大切さを描いた珠玉作。監督は彼の地で生まれ育ったロベール・ゲディギャン。誠実な映画作りで定評のある監督に、本作について、そして困難を増す社会状況について聞いた。
ゲディギャン監督:私が目指す「大衆映画」で重要なのは、ストーリーの簡潔さと何回見ても見飽きないということです。わかりやすい流れのなかに複合的な意味を持たせています。ただ、大衆映画で知的部分を際立たせることは、ブルジョワジーの差別意識が感じられてあまり好きではありません。私にとっては、ケン・ローチやジャン・ルノワール、ジョン・フォードの作品は大衆映画です。
ゲディギャン監督:まず、自分が生まれ育った場所だから。私にとって、マルセイユで映画を撮るということは、母語で話をするようなものです。マルセイユ以外でも映画は撮れるけれど、細い路地のひとつひとつまで知り尽くした町の方がやりやすいんです。
マルセイユは移民が多く、労働者の街としてあまり良い印象を持っていない人もいるかもしれません。でも、決してそれだけではない魅力がある。マルセイユならではの海や光の美しさを見せると同時に、そこに生きる人々の寛容さ、優しさを伝えることを念頭に撮影しました。
ゲディギャン監督:現代の不平等の広がりには嫌悪感を覚えます。貧しい者、持たざる者が敵対心を向ける相手が、同じように持たざる者、同じ階級の人であることは深刻な問題です。私は、そういうことを訴えたかったんです。
ゲディギャン監督:現代社会で深刻な問題が、個人主義の優先や競合、人々の分裂です。私は、社会には「連帯」が必要だと強く感じています。だから、私の作品が、人々が失ったものを取り戻す一翼になればと思っています。
──映画のなかで、リストラされた夫ミシェルは、強盗に押し入った青年の言葉に、自分たちの正義を揺るがされます。労働組合を率いてきたミシェルの自負は、青年には通じていなかった。そしてミシェルは、自らが信じる正義や公正が、青年に何をもたらすのかが見えていなかったことを痛感します。
ゲディギャン監督:ベランダで夫婦が会話するシーンは、「自分たちのストーリーを若い世代に伝えてこなかった」ということを自覚するシーンです。ミシェルの世代は、自分たちが作りあげてきたものを守ることだけに必死で、それを次世代にどう伝えていくか、またどう進歩させていくべきかを考えてこなかった。ミシェルはそれらを反省するのです。
ミシェルたちの世代は、子どもたちは自分たちよりも豊かな生活を送るだろうという確信を持ってきつい労働に邁進してきました。それはフランスだけではなく日本でも同じだと思います。けれど、今、状況は変わり、若い世代は今の状況に見合った新しい政治のあり方を模索するべき時期に来ているんです。
私たちは、小さな力が歴史を変えてきたことを知っています。世の中を変えるには、まず自分の周りから変化を起こさなければなりません。革命も、個人の行動が発端になるんです。
ゲディギャン監督:ミシェルと妻は決して裕福とは言えませんが、幸せな生活を送ってきて、子どもたちとも信頼を積み上げてきました。ですから、今は賛成してくれなくても、いずれ納得してくれるという自信があるんです。夫婦は青年と和解したかった。それは、同じ階級のなかでの世代間のギャップを埋めることにつながります。映画はそこで終わりますが、私は、時間が経って子どもたちが納得し、青年が出所した後にみんなが手を取り合って社会と闘っていくというエピローグを想像しています。
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